隠れドS系御曹司は一目惚れで結ばれた彼女を溺愛して逃さない
 例えば事業が発展するとか、新規事業の成功とか、伴侶や子宝に恵まれるとかなど、そのどれもが本当なのか、そうでないのかはわからない。記録が残っているわけでもなく、伝え聞くだけで故人達に確かめる術はないからだ。

 本邸だったここも別邸となって久しい。
 より便利な場所へと居を移したからだ。いつしか実をつけなくなった桃の木を顧みる者はいない。逸話に関係なく成功している現在を思えば、崇拝する者などいないのだろう。

 何十年ぶりかの桃の実は、ここ一週間程で色づき始め、今では完熟の濃紅色になっている。
 食べ頃のこの機を逃すと熟れ過ぎて実を落としてしまうかもしれない。

 食べようか、それとも、このまま見るだけにして、あとは自然に任せるか。

 羽琉矢は毎日桃を見ては悩んでいた。目下のところ桃にしか興味がなかった。

 会社のことは垣下に任せておけば安心だし、毎日のように指示も出している。大丈夫だと思っていたが、決算を抱えている会社もある。それこそ他人事で済まされるものではないだろう。

 しょうがない二、三日うちに顔を出すかな。

 溜まっている仕事もこなさなくてはならない。

 決裁のことは再三言われていたことだ。猶予があるのをいいことに、忙しいの一言で一蹴してきたが、プライドの高い垣下が、泰雅にまで泣きつくとなるとそろそろ限界だろう。

 今年に入ってから桃を見守ることで忙しかったのだ。 

 季節外れのたった一つの貴重な実。

 羽琉矢は自分の代で起こった出来事に、対処の仕様がなく考えあぐねていた。
 泰雅でさえ『熟れたら俺にも食べさせろ』ぐらいな調子だったから、家族に話しても一笑に付されるだけだろう。誰も興味はないのだから。
 祖母に相談してもいいのだが、今は極力会いたくない。


 逸話のように、この実は何かを齎してくれるのだろうか。

 ただの老齢な樹木だと言い切れない何か不思議な雰囲気を醸し出す桃の木を、複雑な気持ちで眺めていた。

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