隠れドS系御曹司は一目惚れで結ばれた彼女を溺愛して逃さない
 桃一つでくるくると変わる結愛の表情。

 羽琉矢の言葉に赤くなったり青くなったり、泣きそうだったりちょっと不満げなふくれっ面も、どれもが羽琉矢を惹きつける。

 桃を食べる事でも、別に丸かじりしなくてもよかった。ちょっとした悪戯心だったが、素直な結愛のことだから、そのままパクリと食べてくれるのかと思ったら、意外な抵抗にあってしまった。
 そうなると何が何でも丸かじりさせたくなる。だからお願いを使う事にしたのだ。

 一度きりで終わらせるつもりはないから、初めから無理難題なことをさせたりしない。

「あの、皮は?」

 羽琉矢のお願いを聞いてくれるらしい結愛の声がした。

 皮ごと食べていいよ。無農薬だし、皮にも栄養があると聞いたことあるから、そのまま食べちゃったら?」

 あっけらかんと言い放つ羽琉矢の言葉に、仕方なくこくりと頷いた。

 下手に逆らって機嫌を損ねたりしたら事だ。
 それに桃を食べればお願い事は完了する。そしたら家に帰ることもできるだろう。

 思えば香りに誘われてきただけだったのに、羽琉矢に見つかったばかりに面倒なことになってしまった。
 買い物の途中だし、いつまでもここに留まっているわけにはいかない。

 この人にとってわたしは羽色の変わった珍しい蝶のようなものだろう。
 一時の退屈しのぎにからかっているだけ。明日になればわたしのことなんて、きれいさっぱり忘れてしまっている。

 自分を卑下するつもりはなかったが、そう思う方が楽だった。


 今ならまだ間に合う。

 今ならまだ忘れられる。

 明日から会うこともない。羽琉矢のことは過去になるだけ。

 思っただけでチクリと胸が痛んだ。でもそれは気のせい。わたしの思い過ごし。結愛は自身の思いを心の奥底に沈めた。

 これで終わりにできる。終わりにしなければ。

 結愛は口を開けて桃を齧った。


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