隠れドS系御曹司は一目惚れで結ばれた彼女を溺愛して逃さない
 食傷するほど練習したのだから自信があったのだが、桃は思った以上に難易度が高かった。
 桃一つ満足にさばけないなんて落ち込む。腕が落ちてしまったのか。ここ何年も家政婦に任せきりで包丁を握っていない。

 羽琉矢は皿に盛った一切れを摘み上げる。
 赤みを帯びた桃の果肉。見た目は美味しそうだが甘い匂いなんてしない。

 結愛の話を聞いていてずっと疑問に思っていた。

 甘い香りを追ってうちに来たというが、その正体が桃だなんて、すぐには信じられなかったが、頭の片隅で納得もしていた。樹木には精霊が宿る。これは桃の仕業なんだと信じている自分がいた。

 摘まんでいた一切れを口に運ぶ。

 じゅわっと果汁が口の中に広がり、ほんのりとした甘さを感じる。感じるが、結愛が感激したような美味しさは感じない。
 味覚は人それぞれで感じ方も違うのかもしれないが、きっとそんな問題ではないのだろう。

 香りにしてもそうだ。屋敷の外まで香ったという桃の匂い。

 ほんの小さい実の頃から、毎日眺めていたのにもかかわらず、香りなんて微塵も感じなかった。

 一族の直系の羽琉矢でも、その血を引く泰雅でさえも分からない。

 嗅覚が鋭い人間はいるのだろうが、きっとそんな問題でもないのだろう。


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