朝昼夜の三重人格な陛下と、第三王妃の聖女な薬師
第9話 聖女な薬師の姉妹の今と昔
アサの悪魔の誘いにランナは返事を濁すと、逃げるようにしてその場から立ち去った。
アサとモニカ、そしてヨルもランナを利用する目的で近付いてくるのは明白。本当の味方なんて誰もいない。
(私は、どうしたらいいの? 教えてヒルくん……)
ランナはヒルの城へと続く真っ白な連絡通路を全力で駆けているが、ドレスの裾が邪魔をしてなかなか視界の色彩が変わらない。
今はヒル以外の人に会いたくない。ヒルに会えるまでの時間が、こんなに長く感じるものだとは思わなかった。
ようやく金色の廊下に移り変わると階段を駆け上ってヒルの自室へと直行する。朝の時間帯は誰もいない部屋だからこそ一人で落ち着ける。
無我夢中でヒルの部屋の扉を開けてリビングに飛び込むと、思いがけない先客がソファに座って待っていた。
「おはよう、ランナ。待ってたわ」
「姉……さん……」
艶やかな長い黒髪と漆黒の瞳、黒のドレスを纏ったランナの実の姉は、上品に足を揃えてソファに座って微笑んでいる。
今は朝なのでランナとポーラは三つの城を自由に行き来できる。あんなに会いたいと思っていたポーラなのに、今は面と向かうのすら怖い。
「ねぇ、ランナ。私、分かってきたの」
「なに……を?」
ランナはソファの前に立ち尽くしたままで、ポーラの隣に座る気にもなれない。今すぐに逃げ出したいが、アサの城にもヨルの城にも行きたくない。
逃げ道を塞がれたランナの足と感情は不安定に揺れ動いて落ち着かない。ポーラは微笑しながら唇だけを動かす。
「私たちなら、ヴァクト様の人格を1つにする事ができるんじゃないかしら」
ポーラの意図は分かる。だからこそランナは怖い。ヴァクト陛下の人格が1つになる、それは人格の殺し合いに決着がついた時の事を指す。
逆を言えば、決着がつくまでは誰もこの殺し合いからは解放されない。それはモニカとポーラにかけられた呪いも同様。
「ねぇ、ランナ。私たちって聖力は弱いけど、力を合わせて薬を調合すれば……」
「やめて!!」
ランナは言葉ではなく声で拒絶する。最後まで聞かなくても、その続きは分かる。ポーラはヨルを生かすためにアサとヒルを殺したいのだと。
しかし命を共有する三人のヴァクトの『人格だけ』を殺す方法は魔法薬を使うしかない。それが三人格に共通する目論見だった。
一人では風邪薬くらいしか調合できない薬師の姉妹だが、『二人』で調合すれば人格を殺す毒薬を調合できる。
ランナは次々と見えてくる殺意や陰謀に巻き込まれていく恐怖に耐えきれない。ポーラまでもがランナを利用するために近付いてくる。
「姉さん、思い出して! 父さんと母さんから譲り受けた私たちの能力は、そんな事に使うためのものじゃないでしょ!?」
「じゃあ、どんな事に使うの? 私は愛するヨル様のために使いたいの」
ポーラは首を傾げて純粋に理解できない様子でいる。呪いのせいだとは分かっていても、変わり果てた姉を相手に感情を剝きだして理解を求めてしまう。
今は亡き両親の形見でもある、魔法薬の調合の能力。それは人々の幸せのためにあって、人を殺すものであってはならない。
ランナは金色の太陽の瞳に涙を浮かべてポーラの夜の瞳に訴える。
「もういい。ここは私の部屋だから、勝手に来ないで。出てって、帰ってよ!」
「……分かったわ。じゃあね」
ポーラは顔色を変えずに静かに立ち上がる。その所作も上品で美しく、いつの間に貴族になったのか……もはやランナの知る姉とは別人だった。
白いドレスの昼のランナと、黒いドレスの夜のポーラ。その相反する色は、別の城で別の時間を生きる姉妹の決して交わらない心の象徴。
立ち去るポーラの後ろ姿すら見送らずに、扉が閉まる音がすると脱力して両膝を床に落とす。そのまま這うようにしてソファの上に乗って寝そべる。
(私、どうしたらいいの……ヒルくん、はやく来てよ)
天井を向いたランナの瞳から雨の雫のように涙が目尻を伝う。ぼやけて歪んだ視界を瞼で隠すと、そのまま意識は暗闇の中に消える。
アサとモニカ、そしてヨルもランナを利用する目的で近付いてくるのは明白。本当の味方なんて誰もいない。
(私は、どうしたらいいの? 教えてヒルくん……)
ランナはヒルの城へと続く真っ白な連絡通路を全力で駆けているが、ドレスの裾が邪魔をしてなかなか視界の色彩が変わらない。
今はヒル以外の人に会いたくない。ヒルに会えるまでの時間が、こんなに長く感じるものだとは思わなかった。
ようやく金色の廊下に移り変わると階段を駆け上ってヒルの自室へと直行する。朝の時間帯は誰もいない部屋だからこそ一人で落ち着ける。
無我夢中でヒルの部屋の扉を開けてリビングに飛び込むと、思いがけない先客がソファに座って待っていた。
「おはよう、ランナ。待ってたわ」
「姉……さん……」
艶やかな長い黒髪と漆黒の瞳、黒のドレスを纏ったランナの実の姉は、上品に足を揃えてソファに座って微笑んでいる。
今は朝なのでランナとポーラは三つの城を自由に行き来できる。あんなに会いたいと思っていたポーラなのに、今は面と向かうのすら怖い。
「ねぇ、ランナ。私、分かってきたの」
「なに……を?」
ランナはソファの前に立ち尽くしたままで、ポーラの隣に座る気にもなれない。今すぐに逃げ出したいが、アサの城にもヨルの城にも行きたくない。
逃げ道を塞がれたランナの足と感情は不安定に揺れ動いて落ち着かない。ポーラは微笑しながら唇だけを動かす。
「私たちなら、ヴァクト様の人格を1つにする事ができるんじゃないかしら」
ポーラの意図は分かる。だからこそランナは怖い。ヴァクト陛下の人格が1つになる、それは人格の殺し合いに決着がついた時の事を指す。
逆を言えば、決着がつくまでは誰もこの殺し合いからは解放されない。それはモニカとポーラにかけられた呪いも同様。
「ねぇ、ランナ。私たちって聖力は弱いけど、力を合わせて薬を調合すれば……」
「やめて!!」
ランナは言葉ではなく声で拒絶する。最後まで聞かなくても、その続きは分かる。ポーラはヨルを生かすためにアサとヒルを殺したいのだと。
しかし命を共有する三人のヴァクトの『人格だけ』を殺す方法は魔法薬を使うしかない。それが三人格に共通する目論見だった。
一人では風邪薬くらいしか調合できない薬師の姉妹だが、『二人』で調合すれば人格を殺す毒薬を調合できる。
ランナは次々と見えてくる殺意や陰謀に巻き込まれていく恐怖に耐えきれない。ポーラまでもがランナを利用するために近付いてくる。
「姉さん、思い出して! 父さんと母さんから譲り受けた私たちの能力は、そんな事に使うためのものじゃないでしょ!?」
「じゃあ、どんな事に使うの? 私は愛するヨル様のために使いたいの」
ポーラは首を傾げて純粋に理解できない様子でいる。呪いのせいだとは分かっていても、変わり果てた姉を相手に感情を剝きだして理解を求めてしまう。
今は亡き両親の形見でもある、魔法薬の調合の能力。それは人々の幸せのためにあって、人を殺すものであってはならない。
ランナは金色の太陽の瞳に涙を浮かべてポーラの夜の瞳に訴える。
「もういい。ここは私の部屋だから、勝手に来ないで。出てって、帰ってよ!」
「……分かったわ。じゃあね」
ポーラは顔色を変えずに静かに立ち上がる。その所作も上品で美しく、いつの間に貴族になったのか……もはやランナの知る姉とは別人だった。
白いドレスの昼のランナと、黒いドレスの夜のポーラ。その相反する色は、別の城で別の時間を生きる姉妹の決して交わらない心の象徴。
立ち去るポーラの後ろ姿すら見送らずに、扉が閉まる音がすると脱力して両膝を床に落とす。そのまま這うようにしてソファの上に乗って寝そべる。
(私、どうしたらいいの……ヒルくん、はやく来てよ)
天井を向いたランナの瞳から雨の雫のように涙が目尻を伝う。ぼやけて歪んだ視界を瞼で隠すと、そのまま意識は暗闇の中に消える。