柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
『藍は俺には渡せないんだろう、だからその女でいいと言ってやっている。さっさとしろ、待ちくたびれた』
寄越せ? 〝あい〟は渡せない?
一体、この人はなにを。
その女、という言葉は私を指しているのだろう。現に、相手の視線はひどく鬱陶しそうに私へ向いている。
けれど、それ以外の意味がまったく分からない。見下すような相手の口ぶりが、余計に私を困惑させる。
呆然と立ち尽くす私の手を握り締めたまま、尊さんは沈黙を貫いていた。彼の指は私のそれに絡みついて離れない。痛むほどの力だったけれど、今それを指摘する気には到底なれなかった。
その様子を目に留めたらしく、靄の男が不意に口元を緩めた。
彼は私を見ている。
尊さんと同じ、それでいて完全に異なる目で、私を。
『そんなに怯えなくても大丈夫ですよ、お嬢さん。私はそこにいる男の兄です。今から百二十年ほど前にそいつに殺された、ね』
再び、喉が乾いた音を立てた。
殺された? 百二十年前に、尊さんに?
嗤う靄の男――尊さんの兄と名乗ったその人物と変わらない相貌をした尊さんは、能面のように無表情だ。
信じられない話を前に、知らず震え出した私の手を、彼はそれでも力を緩めることなく握り続けている。
『この寺ではね、当時、頻繁に死後のお見合いが行われていたんですよ。特に、貴い身分の家で若い死者が出た際には、まず必ずその家族がここを訪れて死後婚の儀を執り行い、絵馬に我が子の名を記していたのです。その辺りについては尊からも聞いているのではないですか?』
寄越せ? 〝あい〟は渡せない?
一体、この人はなにを。
その女、という言葉は私を指しているのだろう。現に、相手の視線はひどく鬱陶しそうに私へ向いている。
けれど、それ以外の意味がまったく分からない。見下すような相手の口ぶりが、余計に私を困惑させる。
呆然と立ち尽くす私の手を握り締めたまま、尊さんは沈黙を貫いていた。彼の指は私のそれに絡みついて離れない。痛むほどの力だったけれど、今それを指摘する気には到底なれなかった。
その様子を目に留めたらしく、靄の男が不意に口元を緩めた。
彼は私を見ている。
尊さんと同じ、それでいて完全に異なる目で、私を。
『そんなに怯えなくても大丈夫ですよ、お嬢さん。私はそこにいる男の兄です。今から百二十年ほど前にそいつに殺された、ね』
再び、喉が乾いた音を立てた。
殺された? 百二十年前に、尊さんに?
嗤う靄の男――尊さんの兄と名乗ったその人物と変わらない相貌をした尊さんは、能面のように無表情だ。
信じられない話を前に、知らず震え出した私の手を、彼はそれでも力を緩めることなく握り続けている。
『この寺ではね、当時、頻繁に死後のお見合いが行われていたんですよ。特に、貴い身分の家で若い死者が出た際には、まず必ずその家族がここを訪れて死後婚の儀を執り行い、絵馬に我が子の名を記していたのです。その辺りについては尊からも聞いているのではないですか?』