柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 尊さんは、百二十年もの間、ずっとこの地に囚われていた――そういうことなのか。

 どうして? お兄さんを殺してしまったから?
 けれど、尊さんが先に刺されたのなら、尊さんだけが悪いとは思えない。

 分からない。理解してしまうのが恐ろしい。
 放された手のひらが、尊さんと私の距離を明確に突きつけてくるようで、怖くてならなかった。

「『周囲が望むような力は現れなかった』なんてよく言えたな。僕は現さなかっただけだよ」
『……黙れ』
「目先の財のために、絵馬を使って後ろ盾の連中の邪魔者を消す。そんなことのために力を使いたくなかった。だからわざと死後婚の儀以外の場で力を封じた。周囲にはそれが力の欠落に見えた、それだけの話だ」

 押し黙る相手へ、尊さんはさらに畳みかける。

「死後婚の成否は力のある者にしか分からない。目に見えて結果が分かるのは、禁忌に触れた方法……死人が出る方法で儀を執り行ったときだけだ」
『黙れと言っている』
「あんたは禁忌に触れる力の使い方を受け入れてたんでしょう? 僕が禁忌を避けて、死後婚の儀だけを正しく執り行っていたことも知ってたはずだ」

 一面の白靄の中に浮かぶ藍と金、二色がふるりと揺れる。
 顔を歪めた彼は、鋭く尊さんを睨みつけながらも、結局ひと言も発そうとしない。

「年寄りどもは必死だったよ。躍起になってあんたを後継から引きずり下ろしたそれと同じ口で、今度は僕では駄目だと喚き散らして」
『……』
「今も残ってるんだ、あんたが切った傷。ほら」

 苛立った仕種で袈裟の首元を開いた尊さんの横顔を、私はぼうっと見つめる。

 黒い蓮が、痣が、覗いている。
 何度も目にしてきた傷痕は、今日はより一層鮮やかに浮かび上がって見え、息が詰まった。

「こんなことをされたのに死ねなかった。それだけで僕が罪人扱いだ。暴れるあんたを押さえたときに、切っ先があんたの徴を……心臓を貫いたせいで」

 最初に見たときと同じだ。
 切り裂かれたばかりかと見紛うほどの、赤い、赤い、ひと筋の。

「本当なら、僕らは手を取り合って一緒に生きるべき同志だったはずなのに、兄弟で徴を裂き合うなんて」

 物悲しさを滲ませた尊さんの呟きに、私は、自分の心臓こそを深々と貫かれた気分に陥っていた。



     *
    ***
     *



【叢雨(むら-さめ)】
にわかに群がって降る雨。激しくなったり弱くなったりして降る雨。
(精選版 日本国語大辞典より引用)
< 106 / 185 >

この作品をシェア

pagetop