柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
「奥方は五年前にお亡くなりでしたね。いかがですか、そろそろお傍に逝かれては」
「ッ、こ、の……若造がァッ……!!」
壁に背をぶつけた老人は、手負いの獣よろしく、対面する私の胸倉へ掴みかかってきた。
そこまでの気概がまだ残っていたかと感心を寄せた後、皺にまみれた手首を足で蹴り落としてやる。特段力を込めたわけではなかったが、老人は弱々しい悲鳴をあげてどうと床に倒れた。
その瞳が恐怖に塗り潰されていくさまを、冷めた気分で眺める。
「触れるな、穢らわしい。だいたい、あなただけが生き残っていても仕方ないでしょう」
「っ、ひッ……」
「先に向こうへ逝かれた方々に、どうぞよろしくお伝えください」
「……ぁ、ぐゥ……!!」
くぐもった悲鳴を聞き流し、私は、胸元から取り出した万年筆を絵馬へ滑らせた。適当にも限度があるだろうと自分で自分をたしなめたくなるほど乱雑に、そこへ老人の名を書き殴っていく。
奥方の名とともに刻んでやるのだから、感謝してほしいくらいだ。中には、適当な死者と一緒に名を連ねてやった独り身の重鎮もあった。
儀式とは呼びがたい、甚だ投げやりな所作だった。本来ならば毛筆を用いて記す名も、自室に転がっていた万年筆でという手抜きぶりだ。
私に祭祀者としての薫陶を叩き込んだ母がこのさまを目にしたなら、どんな顔で嘆くだろう……否、禁忌を犯して人を殺めている時点で、母には二度と顔向けできない。『お前の力を安易に穢させたくなかった』というかつての母の声は、穢れた私にはもう届かない。
愛情らしいものなど、おそらく夫婦の間にはろくになかったと思うが、曲がりなりにも母の夫であった父親とて私が手にかけた。
皆一様に私を罵り、掴みかかり、恐怖の眼差しを向けてきた。そして最後の最後に〝殺さないでほしい〟と乞いながら死んでいった。それが我が一族の重鎮たちの、見るに堪えない生き様だ。
「ッ、こ、の……若造がァッ……!!」
壁に背をぶつけた老人は、手負いの獣よろしく、対面する私の胸倉へ掴みかかってきた。
そこまでの気概がまだ残っていたかと感心を寄せた後、皺にまみれた手首を足で蹴り落としてやる。特段力を込めたわけではなかったが、老人は弱々しい悲鳴をあげてどうと床に倒れた。
その瞳が恐怖に塗り潰されていくさまを、冷めた気分で眺める。
「触れるな、穢らわしい。だいたい、あなただけが生き残っていても仕方ないでしょう」
「っ、ひッ……」
「先に向こうへ逝かれた方々に、どうぞよろしくお伝えください」
「……ぁ、ぐゥ……!!」
くぐもった悲鳴を聞き流し、私は、胸元から取り出した万年筆を絵馬へ滑らせた。適当にも限度があるだろうと自分で自分をたしなめたくなるほど乱雑に、そこへ老人の名を書き殴っていく。
奥方の名とともに刻んでやるのだから、感謝してほしいくらいだ。中には、適当な死者と一緒に名を連ねてやった独り身の重鎮もあった。
儀式とは呼びがたい、甚だ投げやりな所作だった。本来ならば毛筆を用いて記す名も、自室に転がっていた万年筆でという手抜きぶりだ。
私に祭祀者としての薫陶を叩き込んだ母がこのさまを目にしたなら、どんな顔で嘆くだろう……否、禁忌を犯して人を殺めている時点で、母には二度と顔向けできない。『お前の力を安易に穢させたくなかった』というかつての母の声は、穢れた私にはもう届かない。
愛情らしいものなど、おそらく夫婦の間にはろくになかったと思うが、曲がりなりにも母の夫であった父親とて私が手にかけた。
皆一様に私を罵り、掴みかかり、恐怖の眼差しを向けてきた。そして最後の最後に〝殺さないでほしい〟と乞いながら死んでいった。それが我が一族の重鎮たちの、見るに堪えない生き様だ。