柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 死後婚の儀を執り行える力を持つ者は、すでに私ひとり。
 力を持つ者は先に排除した。禁忌を管理していた重鎮と奥方を最初に手にかけ、その後は中核の二名をまとめて、それから残りの三名をひとりずつ。そこさえ潰しておけば、力によって私を止めることは誰にもできなくなる。

 今、目の前で胸を掻きむしりながら細い悲鳴をあげる老人の名を記した絵馬は、もちろん事前に私が力を込めておいたものだ。
 死後婚の儀を成立させるには、死んだ男女の名を絵馬に並べて刻み、その絵馬を儀の祭祀者に手渡す必要がある。つまり、私が絵馬に名を記し終えた瞬間、この儀は成立したということになる。

 やがて老人の声は途絶え、静寂が戻った。
 兄と藍の死から、おおよそ一年が経過していた。当時と同じ梅雨の季節、外は今も細い雨に濡れている。しとしとと降り注ぐ雨の音が心地好く耳に届く中、老人の上半身が床に倒れ込んだときの鈍い音が、室内に緩く響き渡った。
 息絶えたらしき骸を見下ろす。老人の両目は見開かれたままだった。気味が悪いから、近くにあった布を適当に顔へ被せた。

 終わった。これで誰もいなくなった。
 一年もかかってしまったが、やっと全員始末してやった。全員……全員?

 ――僕は?

 そうだ。私自身とて禁忌を犯した人間だ、早く始末せねばならない。
 しかも相当な数を殺めた。ならば私は、絵馬の力によって楽に死ぬなど、そんなことが許されるべきではない。
 では、絵馬ごと燃やしてしまってはどうか。最後の祭祀者――否、力の持ち主は私だ。縁者の中に残っていた力のある者たちも、すべて私が手にかけた後。私が息絶えれば寺院は潰える。呪われた血縁の連鎖が完全に途切れ、今度こそ。

 当初の目的が己の中に残っていないことには、気づかぬふりを貫いた。
 禁忌に触れる行いを許せず、歪みきった寺院の再生を願っていた私は、もうどこにも存在しない。

「は……はは……っ」

 これで終われる。そう思ったら笑いが零れた。
 やっとだ。この寺院の歪んだ本質も、禁忌を犯して穢れきった私も、やっと全部消えてなくなる。
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