柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 こんな状況なのに、それに今の今まで想像すら及ばなかった話を聞かされているというのに、私の頭は妙にすっきりしていた。混乱が度を越したせいで、逆に冷静になってしまったのかもしれない。

 護さんは、尊さんに、自分と藍さんの名前を絵馬に書いてほしいと願っていた。そのために尊さんをここへ縛り続けてきた。
 けれど尊さんは、自分を苦しめた護さんの幸せなんて到底願えるはずもなく、ずっとそれを拒んでいた。そういうことなのか。
 理解はできたけれど、納得はできない。ふたりとも、どうしてそこまでして……そう思った直後、唐突に腑に落ちる。

 そうか。
 ふたりとも、お互いに相手への復讐を続けている最中なのか。

 口元は微笑んでいるように見えるのに、尊さんの目は少しも笑っていない。それどころか、私の目には今にも泣き出しそうな顔に見えた。
 視線こそ私に向いていないものの、護さんに話しかけながら、尊さんは確かに私にもこの話を聞かせている。何度も見てきた彼の涙、繊細な内面、そして今、彼自身の口から語られている話……綯い交ぜになったそれらが、この人の本性を深い靄の奥へ隠し込んでしまう。

「僕が明日名を渡せないことを逆手に取りたかったんでしょう? 悪いけど、僕は藍なんかどうだっていい。かわいそうだとは思うよ、でもあんたを苦しめるためなら藍がどうなろうと知ったことじゃない」
『っ、貴様……!!』
「まだ分からないのか? あんただって同じことしてるだろ……僕から明日名を奪おうとしてるだろうが!!」

 それぞれの怒鳴り声が耳に突き刺さる。
 これが尊さんの本当の顔なのだろうか。兄を憎み、寺院を憎み、人を殺し――それが、この人の。

 違う。
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