柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
「そ、そうですか。あの、その絵馬って今でも手に入るんでしょうか。今日ここにお邪魔したのは、その……絵馬を、奉納したいと思いまして、それで」
「ああ、死後婚のお申し込みですか?」

 あまりにも自然に返されたせいで、逆に理解が遅れる。
 彼が口にした〝シゴコン〟という音と〝死後婚〟という単語が、頭の中でゆっくりと結びつく。

『独り身のまんま死んだ男と女、ふたりの名前を絵馬に並べて奉納すると、そのふたりはあの世で結婚して幸せになれるんだ』
『それを、死後婚って呼んだんだよ』

 思い浮かんだのは生前の祖母の声だった。
 この寺院のことを、迷信や言い伝えの延長線上にあるものとして、お伽話として私に聞かせてくれた、祖母の。

 実在するのだ。
 やはり、あれはただのお伽話ではなかった。

「……はい」

 懐かしい祖母の声で頭が満たされ、反応が遅れてしまう。
 渇いた喉がぴりりと痛みを訴え、反射的に唾を飲み込む。張りついたそこをわずかに潤した後、返事をしなければと無理やり開いた口からは、想像以上に掠れた声が零れ落ちただけだ。

 傘から垂れ落ちる雨の雫が、妙に大きく見える。
 その先で、黒傘の隙間から覗く切れ長な両目が、すっと細められるさまを見て取った。

「やめておきなさい。迷ったままでは必ず後悔しますよ」

 傘を打つ雨の音が一瞬消え失せ、沈黙が落ちた。
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