柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―

《三》申し出

 ひんやりとした静寂が、雨の庭に舞い降りる。

「あ……」

 堪らず声が零れた。
 すべて見透かされているのかもしれない。自分が抱いている物騒な考えも、投げやりになっている内心も、なにもかも。
 内に潜む負の心境を、表情や仕種に滲ませた覚えはない。けれど、見慣れない和服に身を包んだ彼の視線を思い返すと、この人ならそういうことができてもおかしくないと考えてしまいそうになる。彼自身が湛える、浮世離れした立ち居振る舞いや雰囲気がそうさせるのかもしれなかった。

 息の詰まる沈黙を破ったのは、相手だった。

「踏み込んだことを伺うようですが、どなたかとつらい別れがあったのでは?」
「え?」
「その、儚くなったお相手の名前とご自身の名前を書いた絵馬を奉納したいとおっしゃる方が、以前にもあったものですから」

 彼の声は遠慮がちで、配慮に満ちてもいた。一方の私は、ぽかんと目を見開いて相手を見つめ返すしかできない。
 神妙そうに目を細めた彼は、やがて私から目を逸らしてしまった。気まずげに足元の砂利へ視線を落とした相手を眺めながら、ようやく、私はなぜ彼がそんなことを言い出したのか察する。

 この人は、私が恋人と死に別れたと誤解したのだ。
 その相手と結ばれたくて、絵馬に名を記したがっている、と。

「……ええと」

 言葉に詰まる。
 随分と都合の良いほうに誤解されてしまった。

 新聞やニュースなどから、すでにこの世を去った女性の名を適当に拾い、ある男の名とともに絵馬へ書き殴ってやる。
 私が考えていたのは、そういう物騒な手段でしかなかった。良心的な誤解を前に、居た堪れなくなる。
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