柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
「嫌です」
「……明日名」

 再び強く手を握ってはっきり告げると、尊さんはたしなめるように私を呼んだ。
 怯むわけにはいかないと、今伝えなければこの先永遠にその機会を取り逃すことになると、ただそう思った。なにを伝えるのかとか、どうして機会がなくなるのかとか、細かいことは自分でも理解できていない。

 でも。

「守りたかったんでしょう」
「え?」

 なにを口走っているんだろう、私は。
 戸惑っているのに口は勝手に動く。いつだったか、これと同じ感覚を覚えたことがあった。大昔だった気もすれば、つい最近だった気もして、うまく掴み取れなくて、けれど。

 ああ、思い出した。
 尊さんの痣と傷を初めて見たときに、似ている。

『この傷までは、消してあげられなかったんだね』

 あれは誰の声だった?
 私の声。私の言葉。そう、私の。

 私が、誰に向けて零した言葉だった?

「尊さんは、寺院を……絵馬に力を宿すことを憎んでたんじゃなくて、その力を悪用することを憎んで、悲しんでたんでしょう? 本当の意味で、この寺院と死後婚を守りたかったから」

 勝手に喉を滑る自分の声が、自分のものではないかのような錯覚に陥る。
 喋る私を呆然と見つめていた尊さんが、大きく目を瞠った。

「明日名。君は、まさか」

 掠れた声で呟いた尊さんを見つめ、私は、彼が狼狽していることにようやく気づいた。
 なにかに操られているような仕種で、長い指が頬に伸びてくる。彼の視線が、私ではなく私の先、あるいは私の中へと向いている気がして、私は息を詰めた。

 尊さんは、今、誰を見ているのか。
 得体の知れない不安を感じた瞬間、視界の端でゆらりと藍金が揺らめいた。
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