柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
「あ、……ぁ」

 やはり切れるのだ。
 私の身体は、生きた人間が交わるわけのないものを受け入れてしまう。時間も、凶刃も、なにもかも。

 竦んだ足がもつれ、身体が大きく傾ぐ。倒れ込みそうになったところをなんとか堪え、私は切られたばかりの肩へ手を伸ばした。
 ぬるついた感触が指を伝い、切られたのだと実感せざるを得なくなる。傷自体はきっと深くない。ただ、気持ちが追いつかなかった。歯の根が震え、声ひとつあげられない。
 そんな私を支える尊さんの手が、急激に熱くなる。見たことがないほどの怒りを宿した視線が、刃を握る手の主を、淀みなくまっすぐ射抜く。

 瞬間、轟音とともに強烈な風が巻き起こった。

 屋内だというのに、尊さんを中心に渦を巻いて広がっていくそれは、辺りの白靄をひゅるひゅると撹拌していく。爆発を伴ったかのような豪風は、刃を握る護さんを簡単に捕らえ、包み込んだ。
 視界を遮られ、抵抗する力を根こそぎ剥ぎ取られたらしい護さんは、堪らずといった様子でその場に膝をついた。

 藍金がぐらりと揺れる。
 護さんの呼吸は乱れきっていた。風のせいか、それとも他に理由があるのかは分からない。髪の張りついた彼の額を伝い落ちていく汗が、妙にはっきりと視界に映り込む。

 鋭く目を光らせる護さんは、膝をついたきりぴくりとも動かない。
 いや、動きたくても動けないのかもしれなかった。彼がなにかの力によってその場に縛りつけられていることを、私は直感で理解していた。

「思い上がらないで。あんたひとりぐらい、どうとでもできる」

 護さんの激情は凪いでいた。いや、強制的に凪がされていた。
 ぎり、と歯ぎしりの音が聞こえた後、護さんはより低く頭を垂れる。私の手を引いて彼の傍まで進んだ尊さんは、身内どころか生き物を見ているとさえ思えない視線を護さんに向け、彼の手首を踵で蹴り落とした。
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