柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―

《三》傍観者

 濁る靄の中、自分の浅い呼吸だけが緩やかに響く。
 尊さんのそれは、これほど傍にいるのに不思議と聞こえない。それが私の困惑を深くする。彼との間に横たわる決定的な溝を見せつけられている気分になる。

「……み、お?」

 訊き返しても返事はなく、代わりに肩へなにかが触れた。
 切り裂かれた場所に尊さんの手のひらが重なる。ぬくもりを感じるのに、尊さんはきちんとそこにいるのに、私の目には今にも靄に溶けていなくなってしまいそうに見えた。

 指が肩を離れる頃には、じくじくと続いていた痛みは引いていた。おそるおそる肩に触れると、鋭い痛みが走っていたそこに、すでに傷らしき痕はなかった。
 消えていた。服は無残に破れていて、その穴だけが、私が先刻確かに傷を負ったということを証明していた。

 尊さんが護さんに近づいていく。
 そちらへ視線を向けると、床に膝をついて苦しげに顔を歪める護さんが見えた。白靄がそう見せるのか、あるいはそれ以外の理由があるのか、護さんの姿は不明瞭だ。ときおり、陽炎のように揺らいでさえ見えた。

「動かないで。少しでも動いたら黄泉に落とす」

 抑揚のない声での威嚇に、息を呑む隙すら見失ってしまう。
 護さんはなにも答えず、ただ俯いている。その光景は、半分黄泉に足を踏み入れている護さんが、曲がりなりにも現世を生きる尊さんに、例の力において敵う見込みが一切ないという証明に思えた。

 尊さんは、自分と同じ力を持つ護さんを、すぐにも黄泉へ引き渡せてしまえる。
 そのくせ、百二十年あまりの間、ずっとそれを実行しなかった。自分の復讐を果たすために。
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