柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 もうやめて、と心底思う。
 いつまでもそんなことを続けていて、ふたりとも楽になれる日なんて来るだろうか。その先で、なにか得られるだろうか。

 藍という人も、ふたりの復讐に巻き込まれるばかりで、いつまで経っても苦しいままだ。
 黄泉の時間がどんなふうに流れているのか私には分からないけれど、百年以上もの間、愛する人を探して彷徨い続けていることが、彼女にとって苦痛でないわけはない。

 相手の抵抗がなくなったからか、尊さんは再び私に向き直った。
 そのときになって、私は、尊さんが蹴り飛ばした小刀がもうどこにも見当たらないと気づいた。単に目の届かない場所に入り込んだだけかもしれないし、元々が実体を持たない代物なのだとしたら、本当に消えてなくなったのかもしれない。

 私の肩の傷は、どうして消えたんだろう。それが尊さんの力なのか。
 つくはずのない傷をつけられ、しかもそれは、彼になぞられただけで最初からなにもなかったかのように消えた。感じた痛みさえなかったものなのでは、と思ってしまいそうになる。

 いつしか、尊さんは私の隣に戻っていた。
 懐かしそうに私を見つめる双眸は、今までの彼のそれとは明らかに違う。私ではない他の誰かを見ているようで、息苦しくなる。

「もっと早く気づいても良かったのに……君は、藍に似ているというよりは、よほど」

 独り言のように呟いた後、尊さんは私の頬に指を伸ばしてきた。
 それすらも、本当に自分の目が映し出しているものなのか分からなくなりそうで、私は堪らず強く目を瞑る。

 途端に、閉ざしたばかりの視界が大きく傾いだ。
< 128 / 185 >

この作品をシェア

pagetop