柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 けれど、わざわざ訂正する気にはなれなかった。
 せっかくそう受け取ってもらえたのだからという気持ちは確かにあったし、自分の歪んだ思考を初対面の相手に進んで露わにしたいとも思えない。

 なにより、目が覚めた気分だった。

 なんて恐ろしい考えを抱いていたのだろう、私は。
 どれほど憎い相手だとしても、それでは〝あいつを殺したい〟と声を大にして叫んでいるのと同じだ。しかも、実在するかどうかすら曖昧な伝承に縋ってまで……常軌を逸している。
 恥じ入る気持ちを掻き消すように、私は深々と頭を下げた。

「あの、すみませんでした。突然お邪魔して、とんでもないことを言い出して、私……」
「いえ。さぞおつらかったでしょうに」

 労うように優しく声をかけられ、ますます縮こまってしまう。
 迷信じみた伝承に頼ろうとしたのは事実だけれど、私が抱いていたのは、消極的とはいっても紛うことなき殺意だ。今さらながら肝が冷える。
 加えて、目の前で気遣いの言葉をかけてくれている相手は、私が恋人と死に別れたと思っている。肯定もできず、かといって否定もしたくない。心苦しくて堪らない。

 気を紛らわせたくなり、俯けていた視線を上向けた私は、傘越しに覗く彼の顔を改めて眺めた。

 端正な顔だと思う。整った目鼻立ち、中でも切れ長な双眸が印象的だ。
 格好良いというよりは美しいと表現したほうがしっくりくる。先ほどの話題のせいか物憂げに伏せられた目元や、あまり馴染みのない和服を遜色なく着こなしている独特の雰囲気が、余計そう感じさせるのかもしれなかった。

 その辺の女性より――私より、ずっと綺麗に見える。
 胸が、鈍い音を立てて軋んだ。
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