柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―

《四》終わりの、その先

「明日名……明日名!!」

 強く肩を揺さぶられ、はっと我に返った。
 蒼白な顔の尊さんと目が合い、自分が今どこにいるかをようやく認識する。白い靄。今まで、私はなにか別のものを見ていただけだ。

『尊兄さま』

 最後の最後に見えたのは、火に焼かれて爛れた顔と灰色の瞳。
 今、私の目の前には不安そうに揺れる尊さんの瞳がある。そう、この人の色だ。

「あ……尊、兄さま」
「違うよ明日名、君は澪じゃない。君は、澪の記憶を辿ってきたんだね?」

 そうだ。あれは、すべてひいひいお祖母ちゃん――高祖母の記憶だ。
 私が生まれた頃にはとっくに他界していた、祖母の祖母。一度も会ったことのない彼女が実際に見て、感じて、心に焼きつけたもの。

 視界の端を、いまだに火花が舞っている。
 すべてを燃やし尽くす禍々しい炎がすぐ傍まで迫っているような、そんな得体の知れない恐怖を前に、堪らず背筋が震えた。
 この身体を抱え上げる焼け焦げた腕、上下に揺さぶられる感覚、耳元で荒く繰り返される呼吸の音。それらを鮮明に思い出す。

「尊さん。火の中に飛び込んだ澪を助けてくれたのは、あなただったんですか?」

 尋ねた瞬間、尊さんの表情がくしゃりと歪んだ。
 泣いているように見えて、けれどそれが自分の見ているものか澪の見ているものか、現実と夢の境界線を曖昧にたゆたっているままの私には判断がつかない。

「いいえ。澪に救われたのは、僕のほうなんだ」

 震える声が聞こえたと同時、背に回る彼の腕に力がこもった。
 澪に救われた……どういう意味だ。縋るように私を抱き締める尊さんの背に、自分からもそっと腕を巻きつける。
 辿った澪の記憶の中、最後に見えたはずの火傷の痕は、尊さんの顔にも身体にも残っていない。澪を火の海から逃がせたとして、その後、この人の身になにが起きたのか。
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