柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 そこにいたのは普通の兄弟だった。
 弟を心配する兄と、兄を慕う弟。ごく普通の、兄弟。

 そのとき、ふと景色が歪んだ。澪の記憶を覗き見ていたときと同じように、今度も、さまざまな場面が視線の先をよぎっては消えていく。
 学術書、薬瓶、湯呑み、溶け合う粉薬と湯、静まり返った本堂、満天の星、空を走る流れ星、綺麗な女の人、眠そうな顔をした小さな女の子……ああ、この場所から見える星空はやはり、声を失ってしまうほどに美しい。

 走馬灯というものが本当にあるなら、こういう感じなのかもしれない。
 次から次へと場面が移り変わり、さまざまな人物や情景が覗いては流れていく。澪の記憶を覗いていたときにも似たものを見た気がする。でも。

 ――ぐにゅり、ぐにゃり。

 向けられる無数の悪意、次第に麻痺していく心、己の半身に向けた純粋な信頼、伸ばした手を叩き落とされた瞬間の絶望。それから、血飛沫がこびりついた障子と、折り重なって倒れる男女。
 ぐにゅり、ぐにゃり、揺らめいては消える。終わりがない。まるで螺旋だ。

 人の心が息絶える音を、私は生まれて初めて耳にした。
 二度と這い上がれないほど深い闇に突き落とされながらも、自分を囲う檻から出ることは許されない、終わりにできない絶望の、なんと深いこと。

 奈落に等しい闇の淵へ突き落とされているのは、尊さんか、それとも私だろうか。
 なにもかもを塗り潰せてしまえそうな闇に包まれ、ようやく、私は彼がその身に宿す絶望の深さを思い知らされていた。
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