柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 言葉の途中で、肩にぽたりと水滴が染みる。
 体温に近いぬくもりを宿したそれの正体に思い至り、私は堪らず嗚咽を零した。

 濡れた私の目尻を撫でる長い指は、微かに震えていた。
 見上げた先に、最近ではすっかり見慣れてしまった、困ったように笑う彼の顔が覗く。その顔を見た途端、さっきまでとは別の意味で、私の心臓は鈍く痛んだ。

「ごめんね、明日名。いつまでも馬鹿なことを続けてるから、怒った澪が君をここに寄越してくれたのかもしれないね」

 ふと身体が軽くなった。
 背を締めつける感覚が消える。思わず相手の手を掴んだ私に、尊さんは再び小さな声で「ごめん」と呟き、絡めた私の指を遠慮がちに外してしまった。

 ぺたりと床に座り込む。
 どうしてか足に力が入らない。さっきまでと同じだ。高祖母の――澪の記憶と尊さんの記憶、それぞれを傍観していたときと。

 置いていかないで。唐突に叫びそうになって、けれど口には出せなかった。
 見えてしまう。今、尊さんがなにを考えているのか。なにをしようとしているのか。

「尊さん。待って」

 無理に絞り出した私の声に、返事はなかった。私を振り返ることなく、尊さんは護さんの傍へ近づいていく。
 蹲る護さんは、身体のところどころが周囲の靄と交ざり合い、本当に陽炎じみて見えた。今にも消えてしまいそうな護さんに向かって、尊さんはゆっくりと右手を差し伸べる。

「寄越して。あんたの絵馬」

 息を呑む音が響いた。護さんと私、ふたり分の。
 やはりそうだ。尊さんは終わらせようとしている。自分と兄、それぞれが百二十年もの間しがみついてきた不毛な復讐を、その連鎖を、今まさに断ち切ろうとしている。
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