柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 護さんの呪縛が解けたら、尊さんはどうなるだろう。
 自分に矛先の向いた復讐に、さらなる復讐を上乗せしてきた彼。護さんの呪縛は、尊さんにとっては脅威でもなんでもなく、彼はそれすら利用していただけだ。けれど、もしそれが消えたらどうだろう。

 百二十年、この場所に縛られたきりで呼吸を繋ぎ続けてしまった尊さんは、きっと。

 涙が零れ落ちる。
 切り離せなかったものを、深すぎる心の闇ごとこの世から切り離すということ。それは、尊さんが、葛藤しながらも心の最も深い場所で長く望んできたはずの願いだ。私にそれを止める権利なんてない。

 靄はすぐに濃くなり、一箇所が深い色に染まる。
 やがてそこへ人影が浮かび上がった。

 現れた女の人は――藍さんは、驚きに顔を強張らせた護さんに静かに向き直る。
 そして、見覚えのある無邪気な笑みを浮かべて彼の顔を覗き込んだ。

『護兄さま……探したわ、こちらにいらしたのね。ほら、もう行きましょう?』

 ――これからは、藍がずっと、お傍におりますからね。

 鈴の音に似た、軽やかな声だった。
 護さんの手と藍さんの手が触れ合った瞬間、ふるりと空気が震え、ふたりの影は靄に溶けて消えてしまった。最初からなにもなかったかのように。

 最後の最後、藍さんと目が合った。
 見た目よりも幼い雰囲気を滲ませた表情で、ふわりと微笑まれた気がした。

『ごめんね。それから、ありがとう』

 誰に対する謝罪と感謝だったのか。
 澪に対するものか、尊さんに対するものか、私には分からなかった。呆然と、たった今までふたりがあった場所を見つめる。

 後には、ふたりの名が刻まれた絵馬を手にした尊さんが残った。
 尊さんはゆっくりと私を振り返り、困った顔で笑っている。血塗れた指先がわずかに揺らいで見え、私は、ただ泣き続けていた。
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