柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―

《五》最後の

 どれくらい過ぎた頃だろう。
 一時間、あるいは一分、一秒か。

 ぱきん、ぱきん、となにかが壊れる音が聞こえ始め、私は目を瞠った。
 砂が固まってできた石が、ぽろぽろと元の形に戻っていくかのような音だ。

「あ……っ!!」

 さっきまでよりさらに色を濃くした白靄の先で、尊さんの身体が崩れていく。
 長い月日をかけて進む風化が一気に起こっているような光景に、私は息を止めた。

 もつれる足を無理やり動かし、彼の傍へ走り寄る。けれど、そこにあるはずの尊さんの身体を、私の腕は簡単にすり抜けてしまう。
 あ、と悲鳴じみた声がまた零れ、私は尊さんの足元にどさりと倒れ込んだ。
 溢れた涙が冷たい床を濡らす。声はもう出そうになかった。やっぱりだ。想像していた通り、尊さんはいなくなってしまうのだ。

 低い嗚咽が聞こえ、地面に横たわったきり視線だけを上向ける。
 私を受け止められなかった自分の両腕を見つめながら、尊さんは泣いていた。彼の身体はやはり少しずつ、本当に少しずつ崩れていて、けれど私はその砂にさえ触れられないらしい。

 どうして? 私、縁者じゃなかったの?
 どうして触れられないの。どうして私は一緒に消えてしまえないの。
 どうして、尊さんだけなの。

 立ち上がれない。なにも見たくなかった。
 そのとき、本当にほのかに、頬にぬくもりを感じた。涙に濡れた目元を拭って視界を広げると、崩れかけた尊さんの指が私の頬に伸びてくるさまが見えた。

 温かい。
 温かいのに、指は次第に輪郭を失い、私には触れられない砂になる。
< 143 / 185 >

この作品をシェア

pagetop