柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
「ごめんね、明日名」
「あ……ぁ、あ」
「いずれこうなるって分かってて、なのに放せなかった。逃がしてあげなきゃいけなかったのに、閉じ込めて、縛りつけて、僕は」

 ……嘘つき。
 嘘つき嘘つき、嘘つき。

『僕も明日名が好きです』
『いつかちゃんと、きちんとしたものを渡すから』

 約束したのに。
 私、信じてたのに。

『君がいなくなったら、僕は』

 私だって同じなのに。
 あなたがいなくなったら、私は。

「置いていかないで……私も、連れてって」

 伸ばした腕は、彼の首をするりと通り抜けてしまう。
 尊さんにはもう触れられない。けれど、そこはやはりほんのりと温かく、そのぬくもりにしがみつきたいがためだけに腕を下ろせない。

 それは彼も同じだったみたいだ。触れられない私の頬から、尊さんは指を放せずにいる。
 不安定な抱擁を続ける私たちは、縋るものが他にない。私の無茶な懇願に、尊さんは泣きながらいつもの困り笑いを浮かべ、首を横に振ってみせた。

「だって、旅行、しようって……星空だって、ちゃんと見えるところ、ねぇ……」

 いつか交わした他愛もない話に登場した言葉が、勝手に私の喉を通り過ぎていく。
 嫌だ。あなたを雨の降らない場所に連れていってあげるって、私、約束したのに。

「すぐ、気づいてあげられなくて、ごめんね」

 下腹に尊さんの指が伸びてくる。
 ああ、気づいてくれたの。良かった。検査もしてないし、病院にも行ってないから、まだはっきりとは分からないけど、きっと私……私ね。
< 144 / 185 >

この作品をシェア

pagetop