柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 耳の傍で囁かれたあなたの声は、がさがさに掠れきっていた。
 声を出すのも苦しいのかもしれない。せめて声だけでも聞いていたい、けれどこれ以上苦しんでほしくない。どちらも私の本音で、それなのに、結局私はなにひとつ願いを口にできないまま。

「本当はもっと、明日名と一緒に、普通の、恋人同士みたいに……夫婦みたいに、過ごしたかったのに……悔しい」
「尊さん」
「でも僕は、人を、たくさん、殺して、しまったから」
「っ、けどそれは……っ!」
「こんな未来が、あるって、知ってたら、もう少し、別のやり方、考えたんだけど」

 言葉はすでに途切れ途切れだ。
 少しずつ、少しずつ、尊さんの顔が見えなくなっていく。

 お願い、まだ消えてしまわないで。
 私、喉が痛くて、声を出せなくて、言いたいこと、なにも言えてない。

 悪足掻きのように小さく()(じろ)ぎすると、尊さんは指先が消えかけた手を動かし、懐からそっとなにかを取り出した。

 絵馬だった。

「この絵馬を。明日名、君が、どうしても、僕がいなくて、生きていきにくかったら」

 ――僕の名前と、君の名前を、ここに書いて、お腹の子に渡してください。

 返事はできなかった。
 その絵馬を、尊さんは床に倒れたきりの私の傍へ置いた。そしてもう一度、愛おしいものに触れるように私のお腹を撫でる。

 お互いの身体をすり抜ける抱擁と微かなぬくもりを、私に残した後。
 瞬きをしたほんのわずかな隙に、尊さんは、どこにもいなくなってしまった。



     *
    ***
     *



【天泣(てん-きゅう)】
雲の見えないときに降る雨。
(精選版 日本国語大辞典より引用)
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