柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
〈手記・符号無し〉
願わくば
『尊兄さま』
最後には、あの方は絵馬の奉納場所へ火を点けた。
狂気に見初められた、死んだ双子の兄に祟られた。皆が好き勝手に噂を流し、次は誰に矛先が向くのかと怯えていた、その矢先だった。
私は知っている。あの方は、自ら命を絶とうとした。
梅雨の湿った空気の中、火はそう大きくなるまいと考えたのかもしれない。頭から被ったらしき油の臭い。肉が焼け焦げていく臭い。忘れたくて堪らないものほど、記憶と鼻の奥に鮮明に残り続けている。
寺は、笑ってしまうくらいあっさり衰退していった。
檀家や関係者たちは、当主の発狂を隠そうと躍起になった。寺院衰退の秘密は、絵馬伝承とともに、すべての関係者が口を閉ざしたきりついには歴史から完全に消え去った。
あの方は、炎に包まれ、骨も残らぬ壮絶な死を遂げたということになった。
だが、私は知っている。
『尊兄さま』
尊兄さまを追って炎の海へ飛び込んだ私を助けてくれたのは、他ならぬ尊兄さまだった。
目を閉じる――命を終える寸前にあった尊兄さまは、私の細い呼びかけに応じてくれたのだ。
『あなたは、絵馬に力を宿すことを憎んでたわけじゃない。その力を悪用することを憎んで、悲しんでたんですよね』
焼けて爛れた両腕に私を抱え、火の手が届かぬ場所まで、尊兄さまは業火の中を走り続けた。
さほど長い時間のできごとではなかったのかもしれない。だが。
最後には、あの方は絵馬の奉納場所へ火を点けた。
狂気に見初められた、死んだ双子の兄に祟られた。皆が好き勝手に噂を流し、次は誰に矛先が向くのかと怯えていた、その矢先だった。
私は知っている。あの方は、自ら命を絶とうとした。
梅雨の湿った空気の中、火はそう大きくなるまいと考えたのかもしれない。頭から被ったらしき油の臭い。肉が焼け焦げていく臭い。忘れたくて堪らないものほど、記憶と鼻の奥に鮮明に残り続けている。
寺は、笑ってしまうくらいあっさり衰退していった。
檀家や関係者たちは、当主の発狂を隠そうと躍起になった。寺院衰退の秘密は、絵馬伝承とともに、すべての関係者が口を閉ざしたきりついには歴史から完全に消え去った。
あの方は、炎に包まれ、骨も残らぬ壮絶な死を遂げたということになった。
だが、私は知っている。
『尊兄さま』
尊兄さまを追って炎の海へ飛び込んだ私を助けてくれたのは、他ならぬ尊兄さまだった。
目を閉じる――命を終える寸前にあった尊兄さまは、私の細い呼びかけに応じてくれたのだ。
『あなたは、絵馬に力を宿すことを憎んでたわけじゃない。その力を悪用することを憎んで、悲しんでたんですよね』
焼けて爛れた両腕に私を抱え、火の手が届かぬ場所まで、尊兄さまは業火の中を走り続けた。
さほど長い時間のできごとではなかったのかもしれない。だが。