柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 目を閉じる。
 瞼の裏側、五十年もの間片時も忘れられなかった人の姿が、鮮明に浮かび上がってくる。目が見えずとも、目尻を零れ落ちた水滴の感触ははっきりと感じ取れた。

 伝承が真実なら、あの子の手に絵馬が渡った瞬間、私たちの儀は成立したことになる。
 次第に遠のいていく雨音が、私を確信へと導いていく。

『明日名。迎えに来たよ』

 雨音は声に変わる。あなたの声が、耳の奥に届く。
 今日は六月二十五日。同じ一日を何度も繰り返していたあの日々と、同じ日だ。

 耳の奥で鳴り続けていた雨音が静かに途絶える。
 終わりのやってこなかった私たちの雨が、今、ようやく終わる。

 この身体を抜けて、私、今、あなたの隣に行きますから。

『はい。遅くなってごめんなさい、尊さん』

 自力では歩けないほど弱っていたはずの足が、驚くほど軽い。
 胸元目がけて飛び込んだ私を、あなたは優しく受け止め、抱き締めてくれた。

 その両腕は、私が知るあなたのどのぬくもりよりも温かく、力強さに満ちていた。



〈了〉
< 153 / 185 >

この作品をシェア

pagetop