柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
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 赤い傘を持った年若い女がひとり、その接近に気づいたのは僕ではなかった。
 強烈な耳鳴りが頭を貫き、だがさして関心も持てず、ただここまで大きなものは久しぶりだなとだけ思った。

『その女を寄越せ』

 雨音に溶け込むように聞こえた声は低く、嘲笑が零れそうになった。
 相変わらず、都合の良いことばかり抜かす。好き勝手に暴れては他人を巻き込み、掻き乱し、それで自分の望みはすべて叶うと思っているのだから厄介だ。子供の我儘よりも性質(たち)が悪い。

 気紛れを起こしただけか、あるいは。
 隣を歩く女の横顔を覗き見ると、確かに、彼女の面影に近いものがある気がしなくもない。

 それほどまでに恋しいのか、と呆れてしまう。
 事情のひとつも知らない赤の他人を、一方的に引きずり込んで縛りつけ、自分が唯一慕った女の身代わりにしたいと願わずにはいられないほどに。

 奴のこうした性質こそが不快だ。眺めているだけで反吐が出る。この女を陥れたところで、心に平穏が訪れるはずもないだろうに、これほどの時間を経てどうしてそのことにいまだ思い至れないのか。
 結局、僕らは永劫、相容れぬ者同士。そう思い知らされるのはこういうときだ。どちらも、元はひとりの女の腹から産まれ出た命だというのに。

 この地を訪れた女性は、明日名と名乗った。
 皮肉なものだ。黄泉に囚われ、明日の訪れを知ることが叶わなくなったこの地に現れた女の名がそれとは。胸の奥で燻っていた憐憫の情が、次第に嵩を増していく。
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