柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 死者の名が刻まれている絵馬に明日名の名を並べて記せば、彼女の死は確定する。
 肺は呼吸を忘れ、心臓は本来の役割を忘れる。生命維持のための本能をすべて失い、明日名はその場に倒れ伏すだろう。

 祭祀者は僕だ。
 絵馬を手にした僕が、ふたりの名を刻み終えたそのとき、死後婚は成就してしまう。

 死者と生者の名を並べて記すのは禁忌だ。偽物や擬態用の絵馬でなら構わない、だが兄とて曲がりなりにも力の持ち主だ。その程度の目くらましは通じまい。
 兄は、僕に再び禁忌を犯させ、その上で明日名を僕から奪い取ろうとしている。できないなら藍を渡せ、そのほうが容易だろうと言っている。

 出会いからたった数日、僕は明日名に惹かれている。
 僕にはできなかった方法で、一歩一歩踏み締めるように日々を生きる明日名に――僕をひとりの人間として見つめ、接してくれる彼女に、これほどまでに強い憧れを抱いてしまっている。

 絵馬に兄と明日名の名を記すなんて、できるわけがなかった。
 そんなことを強いられるくらいなら、いや、だいたい僕は藍なんか、別にどうでも。

 そこまで考え至った途端、強烈な痛みが胸を走り抜けた。
 こんなにも醜い心を身に宿しながら、僕はのうのうと呼吸を続けている。藍にはなんの罪もないのに、彼女を苦しめ貶めることで、僕は兄への復讐という見当違いな欲望を満たしている。
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