柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 そんな男の腕の中で、君は今、うっとりと蕩けた顔を晒している。
 かわいそうに。暴力、暴言、親しい家族たちの死、この世のあらゆる苦しみを味わってきた挙句、こんな最悪の結末に囚われるなんて。

 いっそ早々に絵馬に名を記すべきだった。
 こんな感情は要らなかった。大罪に手を染めた僕が、人並みに誰かを愛するなんて、そんなことが許されるわけはない。
 それなのに止められない。君のすべてを僕のものにしたくて堪らない。そのためになら、君を壊して逃げられないようにすればいいとさえ思う。

 なまじそれを実行に移せる知識があるだけに、己の頭がただただ呪わしかった。
 例えば、薬棚に並ぶ瓶の中身、その配合を加減すれば。あるいは、彼岸と此岸を繋ぐ力を、少々歪んだ方向に使えば。
 人ひとりの心と身体を壊す方法を、僕はいくつも知っている。そして、それらを平然と実行してしまえるだけの破綻した精神も、今なおこの身の最も深い場所で息づき、蠢き続けている。

 どうやら僕は、自分で思っているよりも遥かに狂っているらしい。
 それが、歪んだ百二十年を生きたせいなのか、元々そういう本質を携えて生まれ落ちたからなのかまでは分からなかった。そもそも、これほど明確な自覚を前にしては、理由の追及を繰り返したところでなんの意味もない。

 なにも知らずに死んでしまえたほうが、君にとっては、ずっと幸せだったのかもしれない。

 君には知られたくない。僕の本当のことなんて。僕の本当の罪なんて。
 縋るように腕を巻きつけてくる君の、淡く染まった頬を指でなぞる。小さく身動ぎをした後、再び静かな寝息を立て始めた君を、僕はじっと見つめていた。

 降りやまない雨の音と深い眩暈は、今日もまた、僕を苛み続けてばかり。
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