柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
     *


『今日は、星、見えないんだね』

 そうだよ。
 新しい一日が始まることのないこの場所では、百年よりもっともっと前から、星なんてひと粒も見えやしない。君だってそろそろ勘づいているだろうに。

 今日〝は〟ではなく、今日〝も〟。
 本当はそうなのだと、君はすでに思い至っている。

 化粧道具を手にした君へ伝えた、〝素肌のままでいてほしい〟という言葉。あれを口にしたとき、君は恥ずかしそうに頬を染めつつも、どこか訝しげに瞳を揺らしていた。
 君が気恥ずかしさでいっぱいになってしまうよう、わざと耳元で甘く囁きながら、あのとき僕が心の中に抱いていたのは強烈な焦りだけ。

 化粧をすれば、化粧道具はわずかずつでも減っていくはずだ。だが、この場所では翌日にはなにもかも元通り。減らない食料と同じで、なにかがなくなること自体起こらない。
 一方で、君の肌に載ったそれが翌朝どうなるのか、考えるのも恐ろしかった。君が肌に纏った化粧は、もし洗い流さなかったなら、なかったことにならず施されたままなのか。

 いい加減、目を背けてばかりでは許されない君の性質を、これでもかと眼前に突きつけられている気分になる。
 君にこの場所の異常を知られるのが怖い。それから、君だけがこの場所の異常を――時の繰り返しを受け入れていないと、君が明確に認識してしまうことも。

 だから、僕は今夜も君を(たばか)る。

『戻ろう。今夜は寒いから』

 言えなかった。まだ自分の口から伝えたくないから、今夜〝も〟とは言わなかった。
 なにか言いかけた君を遮り、真実から遠ざける。そうやって、君を少しでも長くこの場所へ繋ぎ留めようとする。
 そうするたびに胸が軋み、頭の奥がどくどくと激しく脈打ち、大声で叫びながら君から奪い取りたくなってしまう。

 心も身体も、命も、すべて。
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