柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 どのくらい残り続けてくれる?
 この痕が消える頃、君はまだ僕の隣にいてくれる?

 君の首に、いつまた手をかけるかもしれない男を、君はいつまで受け入れ続けるつもりなんだ。

 底無しの感傷に流されかけた、そんな僕の心の中がすべて見えているかのように、明日名はすっと身を引いた。
 感じていたぬくもりが唐突に消え去り、ふっと意識が引き戻される。

「ごめん。痛かった?」
「ううん、そうじゃなくて、泣いてるのかなって思って」

 僕へ向き直った明日名は、返事ができずにいる僕の唇を自分のそれで塞いだ。
 暗闇の中、明日名の顔はほんのりと白く浮き上がって見える。儚さを思わせる肌色を前に、痛みに似た戦慄が全身を駆け抜けた。思わず、彼女の温かな頬に指を伸ばす。

「明日名」

 唇がわずかに外れる。明日名は、いつしか僕の上に馬乗りになっていた。
 上体を大きく屈めた彼女は、僕に抱きついたきり動こうとしない。指だけを動かして触れると、やはり頬に涙の感触があった。

 泣いてるのは君のほうじゃないか。
 暗くてなにも見えないだろうと高を括っているのかもしれないが、全部見えている。見えてしまっている。

「愛してるよ。明日名」

 濡れた頬を拭いながら、伝えたところでどうなるものでもない言葉を零す。君を守り続けられない、哀れな男の、空虚な求愛の言葉。
 君の隣を歩けない僕は、いずれ消えていなくなる。そのときに、僕が告げた今の言葉こそが君を縛り、苦しめるだろう。そうと分かっていても、伝えないという選択なんて僕には取れない。

 愛しています。この世の他の誰よりも。
 罪深い僕が――心を失くしたはずの僕が、こんなにも焦がれる相手は、後にも先にも君ひとりだけ。

 両手で頬を包み込み、引き寄せる。
 気が狂いそうなほどの激情を込めつつも、どうにか君を傷つけてしまわないよう、触れるだけの口づけを繰り返した。背中に回した腕にほんの少し力を込めると、頬に生温かい水滴が落ちてくる。

 今度こそ、声をあげて泣きたくなった。
< 177 / 185 >

この作品をシェア

pagetop