柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
《五》夢見る骸
『澪に救われたのは、僕のほうなんだ』
火の粉の中、四方を業火に囲まれた僕に向かって伸びてきた、小さな手を思い出す。
幼いながらも、きっと澪は察していた。自分の姉の自害こそが僕の心を壊したと。それまで糸一本でかろうじて保たれていた僕の正常な精神が、あの日、完全に崩れ落ちてしまったのだと。
『あなたは、絵馬に力を宿すことを憎んでたわけじゃない』
『その力を悪用することを憎んで、悲しんでたんですよね』
十を過ぎたばかりの小さな澪。僕の本質を見抜いてくれた人は、思えばあの少女ただひとりだった。
思慮深いこの娘を火の海に溺れさせるのは惜しいと、僕は彼女を抱いて業火の中を歩き、走り、逃がした。焦げた身体、燻る皮膚、そんな状態でどうしてそれほど動き回れたのか。その辺りの記憶は、僕の中には一切残っていない。
澪には、一族が望むような特別な力はなかった。
彼女の姉の藍が、わざわざ兄との婚約を解消させられてまで僕の許嫁となったのはそのためだ。歪んだ血縁、濃い血を残すためだけの婚姻、それが僕の生まれ落ちた家が守るべきすべてだったから。
僕は、それすら変えられなかった。
炎に爛れた僕の顔を見て、君はなにを思っただろう。
禁忌を犯し、人を殺し、君の姉まで死に追いやり――そのくせ、死にもの狂いで君を逃がそうとしている。そんな僕の姿は、君の目にはさぞ滑稽に映ったかもしれない。
火の手から逃がした後に澪がどうなったのか、僕は知らない。
無事に敷地の外まで逃げられただろうか。火の手から少し離れた場所に送り届けるだけで精一杯だった僕には、それ以上はとても見届けられなかった。
特別な力を持たない澪だけが、僕の本質を見抜いてくれた。
そして今、僕の心を満たしてやまない明日名は、おそらくは、澪の。
火の粉の中、四方を業火に囲まれた僕に向かって伸びてきた、小さな手を思い出す。
幼いながらも、きっと澪は察していた。自分の姉の自害こそが僕の心を壊したと。それまで糸一本でかろうじて保たれていた僕の正常な精神が、あの日、完全に崩れ落ちてしまったのだと。
『あなたは、絵馬に力を宿すことを憎んでたわけじゃない』
『その力を悪用することを憎んで、悲しんでたんですよね』
十を過ぎたばかりの小さな澪。僕の本質を見抜いてくれた人は、思えばあの少女ただひとりだった。
思慮深いこの娘を火の海に溺れさせるのは惜しいと、僕は彼女を抱いて業火の中を歩き、走り、逃がした。焦げた身体、燻る皮膚、そんな状態でどうしてそれほど動き回れたのか。その辺りの記憶は、僕の中には一切残っていない。
澪には、一族が望むような特別な力はなかった。
彼女の姉の藍が、わざわざ兄との婚約を解消させられてまで僕の許嫁となったのはそのためだ。歪んだ血縁、濃い血を残すためだけの婚姻、それが僕の生まれ落ちた家が守るべきすべてだったから。
僕は、それすら変えられなかった。
炎に爛れた僕の顔を見て、君はなにを思っただろう。
禁忌を犯し、人を殺し、君の姉まで死に追いやり――そのくせ、死にもの狂いで君を逃がそうとしている。そんな僕の姿は、君の目にはさぞ滑稽に映ったかもしれない。
火の手から逃がした後に澪がどうなったのか、僕は知らない。
無事に敷地の外まで逃げられただろうか。火の手から少し離れた場所に送り届けるだけで精一杯だった僕には、それ以上はとても見届けられなかった。
特別な力を持たない澪だけが、僕の本質を見抜いてくれた。
そして今、僕の心を満たしてやまない明日名は、おそらくは、澪の。