柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
     *


 古くは、陸の孤島に等しい山奥で脈々と語り継がれてきた独自信仰、その教えとともに歩んできた寺院だ。
 それが時代の変遷を経て、縁結び――無論、生きた人間同士の縁である――の寺として、隣接する藩にも少しずつ名を知られ始めた。ゆっくりと繰り返される変化の中、いつしか、若くして死を遂げた者同士を結びつけるものとして、特に富裕層の間で囁かれるようになったらしい。

 道もろくに整わぬ山奥に佇む、由緒だけは長々と続く古めかしい寺院。
 それが私の生家だった。

 都から遠く離れている上、そもそも不便な場所に建つ寺だ。
 縁結びで有名とはいえ、それはこの孤立した田舎の中のみで語られる話であり、他にもそういった()(やく)を掲げて人を集める寺院はいくらでもあった。

 明治の世となって数年。政府が掲げる神仏分離の方針も、徐々にこの地へ浸透してきていた。
 隣の藩では、()(らん)や仏像、仏具の類が民によって破壊された寺もあると聞く。社務所を構え、神社へ姿を変えた寺もまた少なくないという。
 そんな中、民の反感を買うなどといった事態に晒されることもなく、我が寺院はいまだ寺院としてひっそりと佇んでいた。元々、人里離れた土地で、わずかな檀家とともに長らえてきた寺だ。そういった実態も、ほぼすべてを元の形のまま残せている理由なのかもしれなかった。

 そういった恩恵に加え、もうひとつ、我が寺院が生き延びていられる決定的な理由があった。
 それが死後婚の儀だ。
 子に先立たれた親やその親たちが、せめて死後の世にて我が子に幸せになってほしいと、(いち)()の望みをかけてこの地を訪れる。

 願いを持つこと自体には、身分の違いや資産の有無は関係しない。だが、実現させるとなれば話は変わる。
 若くして世を去った家族の安寧を願い、少なからぬ持参金を携えてこの地へ足を運んでくる者は、大抵が高い身分を持つ者だ。無論、我々とて、我が寺院が守り続けてきた秘密を守れる人間しか儀の対象には選ばない。
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