柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 一度書庫に足を踏み入れると、住職さまは時間という概念をすっかり忘れてしまうらしかった。
 食事の時間になっても姿が見えないときは、だいたい本に埋もれている。声をかけに向かった際、木製の古い(はし)()の上に乗ったまま本を読み耽っている姿を目にしたときには、こちらの肝こそ冷えた。
 私がここを訪れる前は、二、三度続けて食事を抜いてしまう程度は日常茶飯事だったという。そこまでひどい本の虫なのかと驚き、余計なお世話かと思いつつも『身体を壊しますよ』と小言を零したとき、一瞬、彼はなにを言われているのか分かっていなそうな顔でぽかんと目を見開いた。

『そういう心配をされるのは、久しぶりです』

 気の抜けたような声と微笑みを向けられ、頬が熱を持った。
 その理由に思い至りたくなかった私は、居間へ戻るよう手短に伝え、間を置かず踵を返して彼の傍を去った。

 手ひどい失恋と裏切りを経験した直後なのに、つい先日顔を合わせたばかりの男の人にそんな反応を示している自分が、卑しい存在に思えてならなかった。
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