柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
『今はもう絵馬様寺はよォ』

 無人なんですよね、と尋ねた私へ、お婆さんはなにも返さなかった。けれど、あれは明らかに肯定を意味する無言だった。
 ここから徒歩で一、二時間程度しか離れていない場所に暮らすあのお婆さんは、この寺院を無人だと思っている。そして、それを露ほども疑っていない素振りで私と話した。そんなことがあり得るだろうか。

 それに、私がここを訪れるまで、住職さまはどうやって生活していたのだろう。
 焜炉に火を点ける慣れた手つきを考えるなら、食事の支度は自分でしていたはずだ。部屋の掃除や仏具の手入れも、きっとひとりで済ませていた。だとしたら、なぜ私に住み込みでの手伝いを頼んだのか。

 山奥でのひとり暮らしだ、他人とほとんど接点を持っていないことは想像に難くない。私の助けなんか、はなから必要なかったのではないか。
 もちろん、私のためを思ってという可能性もある。〝絵馬を奉納したい〟と思い詰めた顔で口走った私を無下に追い返そうものなら、その日のうちに自殺でもしてしまうのではと危惧したのかもしれない。

 けれど、それにしたって、あまりにも。

 住み込みの仕事を持ちかけてきたときの、まくし立てるかのような住職さまの口調を思い出し、私は密かに肩を震わせた。

 おかしい。
 誰もこの寺院を――いや、この寺院の〝今〟を知らないみたいだ。
 私と住職さま以外、誰も。
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