柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 黒い痣を無造作に横切る傷は長く、そこだけ淡い色に見えた。
 刃物でできたと思しき、そのせいで命を落としていても決しておかしくないような、凄惨な。

「あ」

 零れた声は、自分のものとは思えないほど低く、また掠れきっていた。
 弱々しい私の声を耳にした住職さまは、揺らぐ蝋燭の明かりの中、いつか見たものとよく似た苦笑いを浮かべている。左右で異なるこの人の目の色に気づいたときと同じだ。あのときも、住職さまは困ったように、いや、寂しげに笑って私を見ていた。

 住職さまはなにも言わない。私もなにも言えなかったのに、なぜか足が勝手に動いた。
 引き寄せられるように歩き出す。引き戸を跨いでふらふらと室内に足を踏み入れ、住職さまと正面から向き合う。

 私、なにしてるんだろう。
 呆然とそう思った、そのときだった。

 ――ああ、この傷までは、消してあげられなかったんだね。

 ふと、誰かの声が脳裏をよぎった。
 ときおり聞こえる耳鳴りに似ていたし、それとは完全に別のものにも聞こえた。かと思えば自分自身の声にも聞こえて、けれど今の私には、そうした詳細に気を回していられる余裕なんて少しも残っていなかった。

 やはり蓮だ。痣とその上を走る鮮やかな傷痕へ、私は無意識のまま触れていた。
 傍から息を呑む音が聞こえたけれど、自分の意思では止められない。背伸びをしてそこに唇を寄せようとした瞬間、手首を掴まれ、そのときになってやっと我に返った。

「す、すみません、私」

 声が震える。喉が渇いてひりひりと痛む。
 そんな状態なのに、頭ばかりがよく冴える。住職さまだけですぐさま埋め尽くされていく。
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