柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 こんな無人の山奥、よりによって雨に濡れた苔まみれの石段で足を踏み外して死ぬなんて、笑い話にもならない。
 諦念が胸をよぎる。神様だか仏様だか知らないけれど、崇高な存在に(よこしま)な心を見抜かれて罰が当たったのかもしれない、と。

 中途半端に宙に浮く感覚が、ぞっと背筋を駆け抜けたその瞬間、なにかが私の手首を掴んだ。

「あっ!?」

 きつく握り締めてくる生ぬるい感触を、逼迫した状況にありつつもはっきりと感じ取る。
 それは、大いにバランスを崩した身体ごと、私を最後の段の先へ引き上げようとしていた。傾いた視界の端に五本の指が覗き、ようやく、自分を引っ張っているそれが人の手だと気づく。

「は、ぁ……」

 気づけば、私は石段の先にいた。
 結局、転びも落ちもしなかった。多少よろめきはしたけれど、それだけだ。

 怪我をせずに済んだのは、五本の指の主が支えてくれたからなのだろう。しかも、勢い良く引き上げられたわりに反動がほとんどない。
 けれど、そのことを訝しんでいられるだけの余裕は、私には露ほどもなかった。
 荷物と傘の柄をそれぞれ強く握り直し、震えながら前方に膝をつく。ガシャ、とビニール袋と中身が地面を打つ音がして、その音を聞いてから、やっとのことで震える息を吐き出した。

 宙に浮いた瞬間の薄ら寒さが、身体の芯にこびりついて残っている。
 心臓は痛むほど激しく高鳴っているままだ。同じくどくどくと脈打ったままの鼓膜に、間を置かず、物腰のやわらかそうな男性の声が届いた。

「危ないところでしたね。大丈夫ですか、お嬢さん?」
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