柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
「ねぇ護兄さま。私、やっぱり護兄さまの元に嫁ぎたいわ」
「……馬鹿を言うな。お前の許嫁は、もう」
「言わないで! 嫌よ、私、今だって護兄さまをお慕いしてるのに!」

 大して開いていない距離のせいか、藍の悲痛な声は私の耳と胸を直に貫いた。
 私とて望んでいなかった。兄と藍の婚約が解消され、今度は私が藍の許嫁になるなど。

「妹では駄目なの? (みお)が尊兄さまのお嫁さんになってくれれば……私は護兄さまじゃなきゃ嫌!!」
「……藍」

 たしなめるような兄の声が、私の頭をくらりと揺らす。
 これ以上ふたりの話を隠れ聞いていては、私自身がもたない――そう思ってわざと草を掻き分ける音を鳴らした。

 はっとして兄から距離を取ろうとした藍は、私の姿を目にするなり、安堵を覗かせてほっと息をついた。

「ああ……尊兄さま」
「護。父上が探していた、本堂にいらっしゃる」

 用件のみを伝えると、兄は無言で立ち上がった。
 談笑していた藍に声をかけるでもなく、兄はそのまま私の横を素通りしていく。その場には私と藍だけが残された。

「良かった、他の人に見られてたら怒られるところだったわ。ねぇ尊兄さま、いつからそちらに? もしかして全部聞いてらした?」

 口を開けば、齢相応のあどけなさが顔を覗かせる。少し寂しそうにしながらもおどけた調子で、藍は私に笑いかけてきた。
 藍の笑みは、私の目には痛々しく映る。当然だ。先刻の話の通り、藍は護を心から慕っている。その様子を、私もまた長年微笑ましく眺め続けてきたのだから。
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