柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 曖昧に苦笑を浮かべつつ、このとき、私はある考えを巡らせていた。
 常々思い描いていたものの、他の人間には口外してこなかったある案を。

 藍には先に伝えておいたほうがいい。
 艶やかな風貌のせいでつい忘れてしまいそうになるが、藍はまだ十四歳の少女だ。その身に宿す苦悩は、できるだけ軽いほうが良い。

「藍」
「なぁに?」
「藍は、護と一緒になりたいんだよね」
「……ええ、そうよ」

 私を見つめる藍は、怪訝そうな態度を隠そうともしない。
 警戒の気配を滲ませながら、それでいてどこか期待めいた感情を目に宿し、彼女はじっと私を見つめている。

「許嫁の件、母上に相談してみた。でも駄目だった。藍と僕の婚約は、今はまだ白紙にできない」
「……そう」

 藍との結婚について私が積極的でないことを、藍は知っている。
 それが、兄と藍の仲を古くから知っているという理由によるものだとも。

「だから、藍……これは護にもまだ言わないで。あと一年、僕に時間をください。一年後、僕たちの祝言が行われるまでに、僕は婚約を白紙にできるよう努める。それでも成せなかったなら、そのときは」

 言葉の途中で、強い風が吹き抜けた。
 巨木が鳴らした葉擦れの音に、自分の声が掻き消される。しかし、藍にはきちんと届いたようだ。大きな両目をさらに見開き、藍は私をじっと見つめ、そして泣きそうな顔でこくりと頷いた。

 走り去っていく藍の背中を、私はぼんやりと眺め続けていた。
< 63 / 185 >

この作品をシェア

pagetop