柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
第三章 霧雨、平穏と募る違和感

《一》蜜月ごっこ

 手首の痣は、少しずつ元の肌色に近づいてきていた。
 青黒く濁った色が薄まるにつれて、じくじくとした不快な痛みも和らいでいく。痛みが引き連れてくる余計な記憶も、近頃では以前のように頻繁に思い出すことはなくなっていた。

 尊さんは、毎日私の手首に触れては具合を確認し、痛み止めの薬湯を用意してくれる。
 初めて肌を重ねた夜から数日が過ぎた頃、いつも通り手首に触れた尊さんが、微かに目を瞠ったことがあった。どうかしたのかと声をかけたけれど、彼はすぐに首を横に振り、治ってきて良かったですね、と微笑んだだけだ。私は私でその笑みにうっかり見惚れ、過ぎった違和感はうやむやになってしまった。

 微笑みかけられるたび胸が高鳴り、脳裏には夜の詳細が蘇る。
 普段の温厚な彼からは想像もつかない情熱的な口づけや吐息を思い出すと、それだけで呼吸が震える。私の頭はおかしくなってしまったのかもしれない。

 寺院の中には、私と尊さん以外に誰もいないし、誰も訪れない。
 細い雨が降りしきる中、今日も私たち、ふたりきり。

 寺院が抱える事情や常識を、私はよく知らない。でも、果たしてこれは普通なのかと疑問に感じることがある。
 例えば、尊さんの家族は今どこに住んでいるのか。
 こういう世界では世襲ばかりがすべてではないのかもしれないけれど、そうした話題になったことは今まで一度もない。プライベートな話題だけに、他人の私が土足で踏み込んでいいものとも思えないから、相手が切り出してくれる機会を待つしかない。

 いや、それよりも。
 不意に熱を持った頬に、堪らず私は手を当てた。
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