柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 どちらも、私の心を引き裂くには十分なできごとだった。
 けれど、結局は時間が痛みを癒やしてくれると知った。時間が経てば、いつかは懐かしく思い出せるようになる。幸せな思い出がたくさんある相手との別れなら、なおさら。

 むしろ、この世はそれよりももっと苦しいできごとや悪意で満ちている。
 ふと思い浮かんだ黒々しい考えを掻き消すため、なにより思慮深く声を潜めたきり押し黙った相手にこれ以上気を遣わせてしまわないために、私は努めて明るい声で続ける。

「でも、顔はひいひいお祖母ちゃんに似てるんだって。昔、お祖母ちゃんに言われたの」
「ひいひいお祖母ちゃん? お祖母さんのお祖母さんってこと?」
「うん。そんなにすごいお祖母さんに似てるって言われても、あの頃は全然嬉しくなかったけど」
「はは。きっとお祖母さんのお祖母さんも綺麗な人だったんだね、明日名みたいに」

 動きを止めていた彼の指が、再び、慈しむように私の髪を梳き始める。
 笑顔に戻ってくれたのは嬉しいけれど、言っていることはかなり気障(きざ)だ。この人はいつもそうだ。聞いているほうが恥ずかしくなってくる言葉をさらりと口にしてしまう。

 ここを訪れて以来、私はあまり化粧をしていなかった。
 メイク落としや洗顔フォーム類は旅行用サイズのものしか持ってきていないし、この場所で住み込みとして働いている以上、新しく購入する機会もない。できるだけ節約しなければと思っていたけれど、次第にメイク自体が億劫になってしまった。

 化粧ポーチに詰まっているのは、地味な色のリップやアイシャドウばかりだ。眺めていてもなかなか気乗りはしない。
 それに、尊さんは最初の半月ほど書庫にこもりきりだった。食事のとき以外は顔を合わせる機会がほとんどなかったから、別にいいと思っていた。
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