柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
彼とこういう関係になってからは、さすがに何度か化粧ポーチを手に取った。
けれど、『素肌のままでいてほしい』と耳元で甘く囁かれてしまっては、無視してメイクすることのほうがためらわれる。結局、それ以降は一度も化粧ポーチに触れていなかった。
そこまで考えが巡ったとき、胸が微かな違和感に疼いた。
素肌のままで、と囁いたときの尊さんの顔を思い出したからだ。
大したことではないし、わざわざ突っかかるほうが遥かに不自然だ。ただ、そう囁いたときの尊さんの顔が、焦っている感じに見えたのだ。化粧を〝しなくてもいい〟というよりは〝しないでほしい〟と願っているような顔に。
よぎった不安を強引に振り払い、私は意識してさっきの言葉を思い出す。
『綺麗な人だったんだね、明日名みたいに』
言っていて恥ずかしくならないのか。
熱くなった頬を手で押さえ、私は震える口を無理やり開いた。
「た、尊さんのほうが、ずっと綺麗な顔してるでしょ……」
羞恥をごまかしながらの発言には、図らずも卑屈が滲んでしまう。
口を尖らせてそんな言葉を吐き出した私を、尊さんは不思議そうに見つめてから、戸惑いがちに呟いた。
「え、そうかな。髪も目もおかしな色をしてるから、小さい頃はできるだけ外に出たくなかった。誰にも会いたくなかったよ」
言葉にも声にも、負の感情は滲んでいない。でも。
ぎくりとした。無神経な物言いをしてしまった気がして、堪らず私は目を泳がせた。『生まれつきでして』という、ここを訪れて間もない頃に聞いた言葉を思い出し、息苦しくなる。
「ええと、そうなの?」
「うん。双子の兄は普通の黒髪で、目もこんなじゃなかったんだ。僕だけなんて不公平だよね」
「……双子の、お兄さんがいるの?」
けれど、『素肌のままでいてほしい』と耳元で甘く囁かれてしまっては、無視してメイクすることのほうがためらわれる。結局、それ以降は一度も化粧ポーチに触れていなかった。
そこまで考えが巡ったとき、胸が微かな違和感に疼いた。
素肌のままで、と囁いたときの尊さんの顔を思い出したからだ。
大したことではないし、わざわざ突っかかるほうが遥かに不自然だ。ただ、そう囁いたときの尊さんの顔が、焦っている感じに見えたのだ。化粧を〝しなくてもいい〟というよりは〝しないでほしい〟と願っているような顔に。
よぎった不安を強引に振り払い、私は意識してさっきの言葉を思い出す。
『綺麗な人だったんだね、明日名みたいに』
言っていて恥ずかしくならないのか。
熱くなった頬を手で押さえ、私は震える口を無理やり開いた。
「た、尊さんのほうが、ずっと綺麗な顔してるでしょ……」
羞恥をごまかしながらの発言には、図らずも卑屈が滲んでしまう。
口を尖らせてそんな言葉を吐き出した私を、尊さんは不思議そうに見つめてから、戸惑いがちに呟いた。
「え、そうかな。髪も目もおかしな色をしてるから、小さい頃はできるだけ外に出たくなかった。誰にも会いたくなかったよ」
言葉にも声にも、負の感情は滲んでいない。でも。
ぎくりとした。無神経な物言いをしてしまった気がして、堪らず私は目を泳がせた。『生まれつきでして』という、ここを訪れて間もない頃に聞いた言葉を思い出し、息苦しくなる。
「ええと、そうなの?」
「うん。双子の兄は普通の黒髪で、目もこんなじゃなかったんだ。僕だけなんて不公平だよね」
「……双子の、お兄さんがいるの?」