柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 つい訊き返してしまう。
 初耳だった。尊さんの家族について、自分から詳しく聞いたことはない。おいそれと触れていいものか躊躇していたからだ。でも。

「うん。もういないけど」

 不躾に踏み込んだことを、すぐさま後悔した。
 発する声に合わせて上下する彼の喉仏から目を離せなくなる。平坦な声からはなんの感情も感じ取れず、それが逆に私の不安を煽った。

 きっと、訊いてはいけないことだった。
 息が詰まる。返す言葉が見つからない。どうしたら良いかも分からない。隆起した喉を呆然と見つめていると、髪を撫でていた長い指がおもむろに唇へ下りてきた。

「ねぇ明日名。昔話は、もうおしまい」
「……あ」

 口元をなぞられ、上擦った声が零れてしまう。慌てて目を伏せた途端に唇を塞がれた。
 流れていた穏やかな空気は一変し、狂おしいまでの熱を宿した口づけに、私はひたすら溺れさせられるばかりになる。
 細身の身体や普段見せる儚げな雰囲気からは想像がつかないくらいに、尊さんは激しく、そして執拗に私を苛む。鼓膜ごと脳髄を溶かしてくる低い声も、熱を宿した唇も、手のひらも、指先も、どれもが私を狂わせようと甘やかに牙を剥いては、私をまるごと絡め取ってしまう。

 この人の言葉ならなんでも聞き入れたい。
 私をこんなふうにできるのはこの人だけだ。
 言いなりになりたいと望んでいるのは、他ならぬ私自身。

「尊さん」

 もっと深くまで愛してほしい。
 私の全部、あなたにあげるから、だから。

 なにも考えられない。
 全部、この人だけになる。

 こうやって、今日も、世界にはこの人と私しかいなくなる。
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