柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
     *


 夢を見た。
 舞台は、この寺院の敷地内、だと思う。

 断言できない理由は、今まで足を踏み入れたことのない場所だったからだ。
 本堂によく似た木造の壁と、細かな砂利が敷き詰められた地面、そのふたつが窓から覗いたから、この寺院のどこかかなと思っただけだ。

 小さなお堂らしき場所には、無数の絵馬が奉納されている。
 本堂のような広大な場所を見慣れているからか、それなりの広さはあっても、私の目にはこぢんまりとして映る。天井に張られた(はり)の端、つまり上空から俯瞰する形で、私はぼんやりと堂内を眺めていた。

 もしや、ここは百年以上前に焼け落ちたという絵馬の奉納場所なのでは。
 そう思った瞬間、扉ががらりと音を立てて開いた。

 屋内に入ってきたのは、私と齢の変わらなそうな女性と小さな男の子、それからふた組の家族だった。
 臙脂に銀の鳳凰、蓮。豪奢かつ重厚な刺繍が縫い込まれた袈裟を身に着けた女性は、齢こそ私と同年代に見えるけれど、湛える貫禄は比較にならない。高い位置から様子を眺めている私にまで、そのカリスマ性がひしひしと伝わってくる。

 私のような余所者が眺めて良い光景ではない。
 そんな気にさせられ、喉がこくりと鳴った。

 ふた組の家族は、全員が黒い着物や礼服を着ている。それぞれの手元には、黒塗りの位牌や遺影と思しき写真があった。
 夫婦らしきふたり組、その後ろに続く四十代ほどの男性と老婆。全員が、目を赤くしていたり、目尻の涙を拭ったりしている。けれど、そこに悲しみや苦しみといった感情は見受けられなかった。涙を流しながらも、なぜか皆、ほっとした顔をしているのだ。

 まさか、これが〝死後婚の儀〟なのか。冷たいものが背筋を伝う。
 絵馬の奉納場所、位牌、遺影、喪服、そして儀を執り行っている袈裟姿の女性、彼女の手元に見える一枚の絵馬――よく見ると、女性の袈裟は見慣れた色と柄をしていた。

 ああ、もしかしてあれは、あの人のものと同じでは。
 そう思い至ると同時に、袈裟姿の女性の後ろを緊張気味に歩いていた小さな男の子がふと視線を上げた。

 目が合った気がした。

 そのとき、手首になにかが触れる感触が走った。
 それに引っ張られ、堂内の景色も無数の絵馬も、ぱっと弾けて消えてしまった。
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