柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 自分を単純だと思う。それを戒めたい気持ちもある。
 けれど、もう少しこの幸福感に溺れていたかった。あなたが傍にいてくれるなら大丈夫だと、そう信じていたかった。たとえ、それが甘えの感情だけでできあがっている、壊れやすい安堵でしかなかったとしても。

 痛むほどきつく抱き締められ、肩越しに顔を寄せられる。
 表情までは窺えない。私も負けないようにきつく抱き締め返して、それなのに、どうしてだろう。
 初めて抱かれた夜と同じ気持ちになる。伝えても伝えても、私の気持ちが本当に正しい意味でこの人に伝わっているのか不安で堪らなくなる、あの気持ちに。

 ふと、夢の最後に目が合った男の子の姿が脳裏に浮かんだ。
 今の今まで明確に思い出せずにいた、今朝の夢の詳細――男の子の髪と片目が、今まさに私を抱き締めているあなたと同じ色だと思い至り、背筋がぞわりと粟立った。

 勝手に深まっていく思考を掻き消したくて堪らず、勢いだけで口を開く。

「尊さん」

 呼びかけた声に返事はなかった。ただ、さらに両腕に力がこもる。
 あなたこそ私に縋りついている、そんな抱擁だと思った瞬間、絡め取られるようにして囚われる。それきり私は、夢を見たことも、その詳細も、あなたに伝える機を逃してしまった。

 これ以上はなにも考えたくない。けれど、どうしたって考えてしまう。
 終わらない梅雨の中に閉じ込められているのは、私なのか、それとも。

 得体の知れない不安を感じているのは、私だけではないのかもしれない。

 不意に耳鳴りが耳の奥を掠めた。
 今日のそれは、いつもよりも、強い。



     *
    ***
     *



【霧雨(きり-さめ)】
微小な水滴(直径〇・五ミリメートル未満)が、気流のかすかな流れに舞いながら煙るように降る雨。
(精選版 日本国語大辞典より引用)
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