柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
柄は私の手にのみ残り、勢いを削ぎきれずに泳いだ切っ先が、兄の徴を――心臓を刺し貫いた。
「あ……」
男の口元からごぽりと吐き出された鮮血が、無駄に鮮明に視界を焼く。
それと同じ口から溢れた長い悲鳴がゆっくりと細くなっていき、やがて途絶えた。仰向けで床に崩れ落ちた兄の目は、大きく開かれたきりだった。
その場に残った呼吸の音は、私と藍のふたり分。
「あ……あ、いやぁぁああ!! 兄さま! 護兄さまぁぁぁッ!!」
事切れた兄の身体に、藍が泣きじゃくりながら縋りつく。
その頃になって、切り裂かれた徴に強烈な痛覚が戻った。低く呻いた私を、藍は兄の骸から手を放さぬまま一瞥し、壊れた人形のようにふるふると首を横に振ってみせる。
「ごめんなさい、尊兄さま、私、護兄さまを、お慕い、しているの」
知ってるよ。
構わない。別にそれで良かった。
良かったのに。
そのとき藍がなにを思っていたのか、知る機会は永劫失われてしまった。
床に落ちた小刀の切っ先を染める血痕を、愛おしそうに指でひと撫でした藍は、それをおもむろに自分の首筋へ当てた。恍惚とした表情が覗き見え、再び、声にならない呻きが私の口から零れる。
待ちなさい、藍。
そんなことをしても、そいつは絶対に戻らないんだぞ。
「護兄さま……寂しがりの護兄さま。今、藍が、お傍に」
――参りますから。
宙を舞い散った血飛沫、その緋をただ美しいと思った。
自ら首を掻き切った藍は、兄の骸に重なり、それを掻き抱くようにして事切れたらしかった。
残ったのは、徴を裂かれて血を流す私だけ。
ふたりの死を目の当たりにしたことで、なにかが完全に崩壊した、私だけ。
「あ……」
男の口元からごぽりと吐き出された鮮血が、無駄に鮮明に視界を焼く。
それと同じ口から溢れた長い悲鳴がゆっくりと細くなっていき、やがて途絶えた。仰向けで床に崩れ落ちた兄の目は、大きく開かれたきりだった。
その場に残った呼吸の音は、私と藍のふたり分。
「あ……あ、いやぁぁああ!! 兄さま! 護兄さまぁぁぁッ!!」
事切れた兄の身体に、藍が泣きじゃくりながら縋りつく。
その頃になって、切り裂かれた徴に強烈な痛覚が戻った。低く呻いた私を、藍は兄の骸から手を放さぬまま一瞥し、壊れた人形のようにふるふると首を横に振ってみせる。
「ごめんなさい、尊兄さま、私、護兄さまを、お慕い、しているの」
知ってるよ。
構わない。別にそれで良かった。
良かったのに。
そのとき藍がなにを思っていたのか、知る機会は永劫失われてしまった。
床に落ちた小刀の切っ先を染める血痕を、愛おしそうに指でひと撫でした藍は、それをおもむろに自分の首筋へ当てた。恍惚とした表情が覗き見え、再び、声にならない呻きが私の口から零れる。
待ちなさい、藍。
そんなことをしても、そいつは絶対に戻らないんだぞ。
「護兄さま……寂しがりの護兄さま。今、藍が、お傍に」
――参りますから。
宙を舞い散った血飛沫、その緋をただ美しいと思った。
自ら首を掻き切った藍は、兄の骸に重なり、それを掻き抱くようにして事切れたらしかった。
残ったのは、徴を裂かれて血を流す私だけ。
ふたりの死を目の当たりにしたことで、なにかが完全に崩壊した、私だけ。