柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
 すぐ傍に人の暮らす町があるにもかかわらず、この場所からはなにかが生きている気配を感じない。
 おかしい。訪ねてくる前は、麓の店にも立ち寄ったのに。

 寺院は小高くなった場所に建っている。
 見渡そうと思えば、麓に広がる町を一望できるはずが、降り続ける雨が生み出す霧はあまりに深い。景色ごとすべてが白くくすみ、ろくな形を成していない。この世から切り離された場所にあるのではと、あり得ない錯覚を抱いてしまうほどだ。
 そこに、降りやまない雨と異様な耳鳴りが重なり、二十数年の人生で積み上げてきた私の常識を片っ端から覆していく。

 あなたは私を放したがらない。
 眩暈がするという話を先日伝えてから、それはますます顕著になった。

 以来、なにをするにも傍についてくれている。
 今では、本来そのために雇われた炊事や掃除などの仕事もさせてもらえない。もしくは、つきっきりで手伝ってもらってばかりだ。
 乾ききった砂礫の上に成り立っているに等しい、浮雲のような日々。膨らみ続ける緊張と不安の正体に、私は近づきたくないと思っていて、けれどおそらくは引き寄せられてしまっている。緩慢とながらも確実に。

 耳鳴りが大きくなる。日に日に強さを増している。
 同じ音を、あなたも聞いているはずだった。なぜなら、あなたは音がするたび顔を強張らせて私に触れるからだ。
 思えば、初めてこの寺院を訪れた日もそうだった。強く引かれた腕の感触が蘇るとともに、耳鳴りを聞いて顔を強張らせていたあなた自身の様子も思い出す。

 あなたは、あのときから私を庇ってくれていた。
 得体の知れない耳鳴りから。それを、私たちに浴びせているものから。
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