柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
「本当は君を帰してあげないといけない。前から思ってた、君をこんな場所に縛りつけていいわけがないって」
「尊さん」
「でも、君がいなくなったら、僕は」

 背中を締めつける腕が震えている。
 微かに強まった抱擁に応えるように、私は彼の首へ腕を回した。

「帰りたくない。私、帰らなくていい」
「……明日名」
「尊さんがここから離れられないなら、私もずっとここにいたい」

 震える吐息を耳元で感じ、胸が締めつけられる。
 伝えた言葉は、私がもうひとつの違和感に気づいていることの表明だ。尊さんがこの地に縛りつけられていることを知っているという、表明。

「尊さんと一緒ならそれだけでいい。だから、『置いていかないで』なんて言わないで。そんな寂しいこと、言わないで」

 真実からは微妙に外れているのかもしれなかった。私には、まだ理解を及ばせきれていないことが多すぎる。
 例えば、彼がさっき口にした〝あいつ〟が誰を指しているのか。それに、絵馬の伝承がつまるところ真実なのかそうでないのか。それもまた、尊さん自身の言葉によって不確定な状態に戻ってしまった。

 それらを知り得ない今の私に言えるのは、これが精一杯だ。
 言葉の最後に滲んだ涙を拭われ、同じ指が、今度は私の下腹を掠める。

「孕んでくれればいいのに。ここではそんなこと、絶対に叶わないけど」

 独り言じみた声だった。
 お腹を撫でる指の感触が擽ったくて、私は小さく身をよじる。独り言じみた言葉を独り言にさせたくないと思いながら、それを零した唇を指でなぞった。
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