柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
「……うん」

 伝えたすべてはきっと叶わない。
 そうと分かっていながら笑って告げた。尊さんも、口元を緩めて了承してくれた。

『尊さんがここから離れられないなら、私もずっとここにいたい』

 あの日告げた言葉に、尊さんは肯定も否定も返さなかった。
 尊さんはこの場所を離れられない。〝旅行に行こう〟なんていう私の提案は、もしかしたら尊さんを傷つけるものなのかもしれなくて、けれど今だけは楽しい夢を見ていたかった。叶わないと分かっていても、ふたりで楽しいことに思いを馳せていたかった。

 縁側を後にして、軋む廊下を並んで歩く。
 手を繋いで彼の部屋へ戻る途中、立ちくらみがしてよろめいた。尊さんは私の腰を抱き寄せて支え、「今日は早めに休もう」と囁いた。こくりと頷き返してから、私は再び口を開く。

「ね、さっきの続き。尊さんはどこか行きたい場所、ある?」
「うーん、よく分からないな。僕はここを離れたことがほとんどないから」
「そっか。いきなり賑やかなところに出かけたら、人酔いして倒れちゃうかなあ」
「倒れる? 僕が?」
「うん。目、回しちゃいそうで」
「ひどいな。そこまで軟弱じゃないよ」

 心外そうに返され、噴き出してしまう。
 口を尖らせて反論してきた尊さんも、つられたように声をあげて笑い出した。
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