柩雨夜 ―終わらぬ梅雨、願わくば君に愛と枷を―
「……大丈夫」

 喉を滑った私の声は、彼の声以上に震えている気がした。

 そんなに心配しなくても大丈夫。だって、これは多分病気ではないから。
 そう続けて良いものか迷った私は、結局なにも言えずじまいで、差し伸べられた手に自分の指を乗せる。

 はぐらかされでもしたらと思うと怖い。それに、そもそもきちんと伝わらなかったらどうすればいい。この人に不信感を抱いているわけでは決してない、でも。
 言い表しようのない不安に駆られて大きな手のひらにしがみついた私を、尊さんはゆっくりと抱えて歩き出す。

 お姫様のように抱きかかえられながら、自分の手首に嵌まった数珠に触れる。淡いピンクの石が連なるそれの中へ、不安そうに揺れる私の目が映っていた。
 急に笑い出したくなった。同時に、声をあげて泣きたくもなった。

 今では手に取る機会さえなくなったスマートフォン。
 そういえば、あれと似た色の石だ。最初にここを訪れた日、私のスマートフォンを目にした尊さんは、当を得ていない様子で『可愛らしいお色ですね』と口にした。

 遊郭、若い人、月のもの。彼と交わした中で違和感を覚えた言葉は、今となっては数えきれない。尊さんが口にする言葉は妙に古めかしく、すぐには理解が及ばないものもあった。
 また、彼は私の言葉に対し、今ひとつ理解が及んでいない顔を覗かせることも多かった。
 カレンダー、プロポーズ、そして生理。言い換えられる限りは言い換えてきた。なるべく分かりやすい言葉に――もっとはっきり言えば、祖父母世代の人たち、さらに上の年代の人たちにも通じやすいだろう言葉に。

 その時点で私は、彼に対する違和感のすべてを、意識の水面下で理解していた。
 やっぱり尊さんは……いや、逆かもしれない。私こそがこの寺院に囚われ、時間の概念が歪み、おかしなことを考えるようになってしまっただけなのかも。

 いけない。
 なにが本当でなにが間違いなのか、どんどん分からなくなっていく。

「あのね、尊さん。私、もしかしたら」

 逞しい腕に包まれながら、私は小さく口を開く。
 いい加減、きちんと伝えなければ。私の身体の不調を。それの兆しを。
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