時をかける恋の舞台
二人は、外の喧騒を忘れてゆったりとしたお家デートを楽しんだ。好きな音楽を流しながらお茶を飲んだり、ソファに並んで座って懐かしいアルバムを開いたり、他愛もない話で夜が更けていく。その日は愛斗が正子の家に泊まることになり、柔らかい布団に包まって寄り添いながら、深い眠りについた。
朝日が差し込む中で目を覚ますと、二人は台所に立って一緒に朝ごはんを作った。焼きたてのパンとゆで卵、温かいスープを囲みながら、「今日もいい日になりますように」と微笑み合う。食事を終えると、正子はいつも飲んでいるサプリメントを口に含み、コップの水で飲み込んだ。しばらくすると体がぽかぽかと暖まり、いつものようにありさの姿へと変わっていた。
それから二人は、昼過ぎまで窓辺に座っておしゃべりを続けた。外を歩く人々の様子を眺めながら、子供の頃の思い出や、これからやってみたいことなど、話は尽きることがない。日差しが少し柔らかくなった頃、近くの喫茶店へと足を運ぶことにした。
店はいつものように落ち着いた雰囲気で、二人はまず休憩室で一息つくことにした。ドアを開けると、美波と同僚が楽しそうに話している声が聞こえてくる。
「ねえ聞いてよ、昨日さ、高い脚立の上からバランス崩して落ちそうになって、本当に死にかけたわ!」
「えっ、それで大丈夫だったの? 落ちなくて本当によかったね、運がよかったんだね」
その言葉を聞いた瞬間、隣に立っていた涼子が、机の上に置いてあった箱ティッシュを勢いよく叩きつけた。
「死ぬとか、そんな簡単に言わないでくれる? その言葉がどれだけ人を傷つけるか、わかってるの?
あまりの剣幕に美波も同僚もびっくりして言葉を失った。涼子はその場でうつむき、声を震わせながら涙を流し始めた。ありさと愛斗は顔を見合わせ、すぐに涼子の肩を抱いて「大丈夫? 話そう」と誘い、人の少ない屋上へと移動した。
屋上にはさわやかな風が吹いていた。手すりにもたれ、空を見上げてから、涼子はゆっくりと重い口を開いた。
「実は昨日、総合病院で詳しい検査を受けてきたの。そしたらね…咽頭がんのステージ3だって診断されたの。これから放射線治療や手術も受けることになるから、しばらく入院しなきゃいけなくて。だからバイトも長期で休ませてもらうね。でも絶対に戻ってくるから! だって、息子の貴之が第一志望の大学に合格したんだもの。彼が卒業するまで、私も頑張らなくちゃいけないから」
「えっ…咽頭がん…? ステージ3って…そんなに深刻なの?」
「そうなの。でもね、私は強いから大丈夫。病気なんかに負けたりしないんだから」
力強く言いながらも声はかすれ、ありさが心配そうに手を握りしめると、涼子の瞳からはとめどなく涙があふれ出た。
「…嘘だよ。全部強がり。本当は毎日不安で眠れなくて、もしかしたら治らないんじゃないか、死んじゃうんじゃないかって、怖くてたまらないの。貴之がね、『母さんは口うるさいし心配性だけど、僕の一番の母さんだよ』って言ってくれたの。私を元気づけようとしてくれたんだね。最近は顔色も悪くなったし、痩せてほうれい線もくっきりして、もう誰が見てもガン患者だってわかるようになっちゃったでしょ?」

ありさは何も言わず、そっと涼子を強く抱きしめた。
「見た目のことなんて気にしないで。無理して強がらなくても、笑わなくてもいいんだよ。辛かったら、ここでいっぱい泣いていいんだからね。私たちがずっとそばにいるから」
「…ありがとう。こんなに心配してもらえて、本当に嬉しい」
涼子は長い間溜め込んでいた気持ちを全部吐き出すように、声を上げて泣いた。泣き疲れて肩の力が抜けるまで、二人はずっと隣に座って背中をさすり続けた。気持ちが落ち着いた後、休憩室に戻って他のスタッフにも状況を伝え、彼女の闘病を応援することを約束し合った。
それから二人は家へと帰り、夜の8時になるとありさは再び正子の姿へと戻った。玄関で正子の顔を見た途端、愛斗は胸につかえていたものがあふれ出て、力いっぱい抱きしめた。
「正子はすごいよ。俺なんて、涼子さんが辛そうにしてるのを見てただけで、何もしてあげられなかった。本当に情けなくて、悔しくて…」
正子は愛斗の背中をゆっくりと撫で、頬を寄せて柔らかく囁いた。
「そんなことないよ。愛斗くんはちゃんと相手の気持ちに寄り添って、一緒に泣いてあげられるでしょ。それが一番大事なことなんだよ。悔しい気持ちも、全部私に預けていいんだからね」
そう言って抱きしめ返してくれる温もりに、愛斗の心は少しずつ軽くなっていった。そのままソファで寄り添い、いつしか眠りについていた。
次の朝、穏やかな目覚めと共に二人で朝ごはんを作り、ゆっくりと味わった。食後は特に予定もなく、ベッドに入ったままくすぐり合ったり、キスをしたり、お互いの名前を呼び合ったりして、たっぷりとイチャイチャしながら、何気ない時間を大切に過ごした。



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